輿入れ







慌しく、星嵐の真国への輿入れの準備が整われた。
激しく反対する双子の兄、花嵐は自室に閉じ込め、亜沙王と王妃は、密かに星嵐に自害用の短剣を持たせて、忙しく衣装を調える女官を掻き分け、涙ながらに語った。

「星嵐。もしも汚されることに耐えきれないのであれば」
「星嵐。ごめんなさい。あなたを冠羅の生贄にしてしまった。でも、本当に耐えれない時がきたならば。国のことは考えることはありません」

もたされた星の細工が施された、いつもは護身用の短剣を自害用として持たせる両親の嘆きはいかばかりだろうか。王と王妃は星嵐も花嵐も区別なく可愛がってきた。
この冠羅では太陽の子とされる、星嵐が両性であっても。太陽の子と両性は呼ばれるが、両性は冠羅であっても半分忌み嫌われる場合がある。
それが王室で生まれたのなら尚更のことである。
樹(ジュ)に嫁いだ両性の姫、天嵐(テンラン)を思い起こす。あの姫は冠羅にも災いを齎した。樹を滅ぼし、生まれの国である冠羅さえ共に滅びの道へ連れ込もうとした。

王子たちの名に「嵐」とつけたのは間違いだったのかもしれない。樹に嫁いだ姫のように国に嵐をもたらすかもしれない。そう家臣たちに言われつつも、響きが美しいからと花嵐と星嵐とつけた。
きっと、たとえ嵐をつれこんできても美しく咲き誇り、幸せになるだろう。そう信じてつけた名であった。

「父上、母上。今までありがとうございました。冠羅第二王子、冠星嵐(カン・セイラン)、父と母の名に恥じぬ生き方をしまする」
星嵐も涙を流して、父と母に抱き締められると、渡された短剣を自分の荷物の中に詰め込んだ。見つかったとしても、これだけの細工の短剣だ。父と母から貰った、護身用というよりは宝石細工の装身具であるといっても嘘とは思われないだろう。
冠羅では、男でも女でも正装する時は腰に美しい宝石細工の短剣を身につける。

冠羅の国を見回って、男女だけでなく子供まで腰に短剣を下げて行き交う人々がいる風景を見た真国の王、真那は花嫁衣裳に短剣はつけないのかと言ってきたくらいであった。

今は父も母も正装している。腰に王家代々受け継がれてきた短剣を下げていた。行事の際は、花嵐と星嵐も腰によく王家に伝わる王族用の短剣を腰につけて、民たちに姿を見せた。

「兄上に、ずっと愛していますと、伝えてください。離れていても心は共にあると」
「わかった」
亜沙王が深く頷いた。
この双子は心からお互いを必要とし、愛し合ってきた。
いつも何をするのも一緒だった。
花嵐からこんなに離れたのは生まれて初めてかもしれない。優しく強い半身。兄上。
涙をふきとって、女官に手をとられて真那が待つ使者たちの部屋に通され、輿に入れられ、そのまま星嵐は冠羅の国を出た。
真国の王、真那は先に馬で早駆けをして自国に戻ったそうである。
従者たちの中に、冠羅から星嵐の身の回りの世話をするために供についてくる女官が何人かいた。長い道中、女官たちに励まされながら、星嵐は王家に伝わるものでもある、護身用にして自害用でもある短剣を荷物から出すと、それを握りしめて祈った。

「願わくば、太陽の神よ導きを。どうか冠羅に太陽の光があふれんことを」

遠くなっていく冠羅の国を、時折輿から顔を出して確認しては、唇を噛み締めた。
真那の顔が、目に浮かぶ。生まれて初めての屈辱を与えた、夫となる真国の王。真那は、星嵐を気に入っただけであって、愛してはいないだろうと星嵐は分かっていた。ただ両性、太陽の子であり繁栄と滅びの象徴という珍しい存在だから、輿入れを強制したのだろう。
繁栄の後には必ず滅びが待っているというのに。

「僕は冠羅の王子。姫ではない」
花嫁衣装で美しい化粧まで施され、金細工の装身具をたくさんつけた星嵐は、自分に強くそう言い聞かせた。言いなりの愛妾になどなるものか。
きっといつか、冠羅の国に戻るんだ。

きっと。


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