真国の後宮







「よくお着きになりました。長旅で疲れているでしょう。今、真那王がいらっしゃいます」

真国は、広大な領地をもつ豊かな国であった。冠羅が金だけで潤っているのとは違って、農業や漁業などでも潤っている。
輿入れの馬車から見えた、金色にどこまでも続く麦の穂を見ては、美しい国だと思った。太陽の国は、この真国にこそ相応しいのではないか。そうも思った。

「よくきたな、星嵐」
女官や家臣を全て下がらせて、真那は花嫁衣裳を纏ったままの美しい星嵐の井出達に満足したようで、長い水色という稀有な色の髪に触ると、真国でとれる碧玉(サファイア)の澄んだ蒼が美しい髪飾りを、星嵐のために急遽作らせたのだといって、金細工だけの星嵐の髪飾りをとって付け替えた。

「金だけでは色が足りぬ。宝石の色さえも霞むがな」
太陽の姫というより、月の姫であった、星嵐の姿は。月から降りてきた姫だと、真那は笑う。
「お前はもう、身も心も私のものだ」
「いいえ」
きっぱりと星嵐は否定した。
「なぜ抗う。もうここは真国。冠羅ではないのだぞ」
「僕の心は僕のもの。あなたのものになどなりません」
星嵐は一歩後ずさり、首を振った。

「まぁよい。ついてくるがいい。お前が今日から暮らす後宮へいく」
冠羅から来た女官を呼び出し、それから王自らが後宮へと案内してくれることになってしまった。広い王宮を抜けた隣に、これも王宮ほどあろうかという後宮があった。美しい中庭を中心として、姫たちの部屋が分かれており、中には館になっているものもある。館になっているものには、先先代王、真那王からすれば実父ではないが、父ということになっている王の愛妾や妃、残された二人の娘が住んでいるという。

すれ違う宦官が、真那の姿を見るとその場に平伏をして忠誠を示していく。
やがて通されたのは、後宮の中でも、すでに真那が娶った五人の愛妾たちが住む棟に近い場所だった。
「この1階と2階がお前の部屋になる。中は広い。2階が寝室、下の部屋には小さいが風呂場もついている。どうだ、冠羅で見せてもらったお前の部屋よりはよほど豪華だろう」
冠羅での星嵐の部屋は花嵐の部屋と同じ部屋であった。
女官たちと共に住むことになるのかと思えば、女官たちには別に部屋が用意されているという。こんな広い部屋で一人過ごすのかと思うと、星嵐の胸は塞ぎがちになるだけであった。
女官たちが部屋に訪れて身の回りの世話をしてくれるのは分かっているので、完全に孤独ではないのだけが救いである。

「今は休んでいるといい。夜にまたくる」

その言葉に、星嵐の体が小刻みに震えた。
女官たちは、星嵐の荷物を部屋におくと、早速金糸銀糸の施された、真国の真那からの贈り物である衣服を衣装部屋に並べた。星嵐は夕食にもデザートにも全く手をつけなかった。
女官たちに薔薇風呂に入れられて丹念に肌を洗われ、水色の髪も綺麗に洗って櫛を通す。そして薄い夜着を着させられ、全ての女官が部屋から出て行ってしまった。
髪には、真那からもらった碧玉の花を象った髪飾り。
足首や手首にはいくつもの金や白金の鎖の装身具を飾り、耳には緑柱石(エメラルド)の耳飾りまでつけさせられた。首には星嵐の髪と瞳の色をもちながら、虹色に耀く、宝石の中でも貴重なオパールの首飾りをつけさせられた。
正直装身具(アクセサリー)などどうでもいい。
今すぐにこの場所から逃げ出したかった。
2階にある広い天蓋つきの寝台に腰掛けて、ため息を大きく星嵐はついた。

やがて、真那がやってきた。

星嵐は、まずは冠羅風の礼をした。
「冠羅第二王子星嵐です、以後お世話になります」
その言葉に真那が笑う。
「王子?お前は姫だろう」
「いいえ。冠羅では王子でした。だから僕は女ではありません」
強く否定する星嵐の細すぎる手首をとって、真那は自分のほうに星嵐を引き寄せた。
「胸は・・・ないのか」
「そんなもの、あるわけが・・・・」
夜着の上から胸を弄られて、星嵐は頬を赤らめて抵抗した。
「離してください」
「薔薇の香りがするな。香油もいいものを使っている。髪は少し編んだほうがいいかもしれないな。ほつれそうだ」
「離して!!」

ドンと突き飛ばしてから、星嵐は自分がしでかしたことに慄いた。
ここは真国。そして星嵐は真那の愛妾になったのだ。寵姫の一人に。その存在をどうするも真那の心一つ。つまりは自分の行動に冠羅の全てがかかっているに近い。

「僕は・・・・申し訳、あっ」

唇を奪われて、星嵐は目を見開いた。目の前に、美丈夫の真那がいた。真那の瞳の色は深い紫だった。髪の色は金色。肩より少し長い程度で切り揃え、後ろで一つに束ねている。
深い紫に、呑まれそうになる。

「初夜だ。そう、子を孕め。太陽の両性であればできるだろう?子を孕め」
「・・・・・・・・・・王」
「繁栄の証である子を作るためにお前を娶ったのだから」
その一言一言が、氷の刃となって星嵐を切り刻んでいく。自分を愛してくれることはないというのだろうか?
ただ、欲しいのは子供だという。

「睦言は先に言っておこう。愛している」

「嘘つき・・・・」


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