安堵の夜







初夜が終わってからというもの、塞ぎがちな星嵐。
心はここにあらずといった風体。真那が訪れてきても、適当に会話に相槌を打つくらいでしゃべろうともしない。同じ冠羅からきた女官に慰められても、言葉を話さそうとしなかった。
挙句には食事に手をつけなくなった。

「姫様、ちゃんと食事をとらないと」
「そんな気分じゃないんだ。いらない。放っておいて」
果物や水分だけかろうじで口にする。
ちゃんとした食事をとらなくなって数日が過ぎた。テーブルの上には、豪華な食事が冷めたまま悲しそうに、食べられることもなく皿に盛られたままだった。
フォークを片手に、サラダをいじる星嵐は、やはりその日も飲み物と、桃の果実と林檎をすり下ろして蜂蜜を入れたジュースだけを口にして、終わった。

「王、姫様が食事をちゃんと召し上がってくれないのです」
女官たちは、真那を頼るしか他になかった。
「食事時には行っていなかったからな。それは本当か?」
「はい。飲み物や果物は口になさるのですが、ちゃんとした食事をとってくださりません。このままでは姫様の体がもちませんわ」
「分かった。私がなんとかしよう」

夕食時、真那は宮殿で愛妾の一人である、百合(ユリ)という姫と一緒に、百合を後宮から宮殿に招いて二人で晩餐するはずであったのだが、急遽予定をかえることとなった。

「百合、私は星嵐のところにいく。お前一人で食べていなさい」
「そんな陛下!前々からの約束でしたのに!」
せっかく後宮から宮殿に招かれて、愛しい王との二人の晩餐、その夜はきっと閨を共にするのだとばかり思っていた。美しく着飾り化粧も施して、あかい紅ののった唇で百合は真那に悪態をついた。
「酷いですわ。最近何かあるごとに星嵐姫のことばかり。昨日も星嵐姫の部屋にいらっしゃっていましたそうね。他の寵姫たちもざわついていますわ。あんなおぞましい両性がなぜ後宮にと」
「百合!」
真那は声を荒げた。
「も、申し訳ございません陛下」

この真国も太陽神を崇める国だが、百合は他国から嫁いできた姫君だ。両性具有は不吉な存在として教えられて育ってきた。国によって、両性の価値観は変わる。冠羅と真国では良きもの、他の国では悪しき存在として扱われることが多かった。

真那は足早に星嵐のいる後宮に向かい、星嵐の部屋に行くと、そこでは星嵐がテーブルに乗せられた、調理長が作った自慢のメニューを放置したまま、カウチに気だるげに身を委ねていた。
飲み物と果物は食べた形跡はあるが、肝心の肉や穀物を食べた形跡がない。

「陛下・・・・どうしてここに」
ゆっくりと起き上がる星嵐は、乱れた水色の髪を後ろに押しやって、困ったような顔をした。
「ちゃんと食べ物を食べなさい。体が弱るだけだぞ」
「無理です・・・・食欲がなくて」
「いいから食べなさい」
真那が無理矢理食べさせても、嘔吐するだけだった。

「ウ・・・・けほっ」
「星嵐・・・・」

流石の真那もこんな風になった寵姫を見たことがないため、医者に星嵐を見せた。医者曰く、心労か外的ストレスが原因であろうという見立てだった。
虚ろな瞳で虚空を見つめている星嵐は、なんとか真那から渡された果物の果実汁を口にしてその日眠りについた。
深夜、花嵐と育った幼少期の夢を見ながら、星嵐は涙を零していた。
色の白すぎる顔は、まるで眠り姫のようで、このまま二度と起きないようなそんな気配がした。
その寝台の側に座ったまま、こっそり星嵐の様子を夜分に見にきた真那は、両性は病弱な場合が多いという医者の言葉を思い出していた。

無理に体を奪ったのがいけなかったのか。
それとも花嫁にと、なかば攫ってきたのがいけなかったのか。

「星嵐・・・・元気になってくれ。私はお前をこんな風にしたかったんじゃない」

蒼白い星嵐の頬に手を当てて、真那は星嵐に静かに口付けると、宮殿へと戻っていった。

真那がいなくなった部屋で、そっと星嵐が目を覚ます。ベッドの側には誰かが座っていた温もりが残っていた。それから、毛布の上にかけられた豪華な王の衣装に手を伸ばして、星嵐は水色の瞳を瞬かせてから、また涙を零した。

「だめだ、これじゃだめだよ。僕がしっかりしなくては」

真那の上着をぎゅっと抱きしめて、星嵐はまた眠りについた。
今度は、なぜか安堵しきって深い夢も見ぬ眠りへとついていた。

次の日、星嵐は久しぶりに長い間深い睡眠につけたことで、大分顔色がよくなっていた。
「姫様、今日は顔色がよろしいですわね」
冠羅からきた女官にそう言われた。
真那が、星嵐を呼ぶ時は王子ではなく姫にしろと命令したせいである。もしくは星嵐様と名を呼ぶか、姫と呼ぶかどちらかにしろと。
王子としての生活を送っていた星嵐を、姫としての生活に慣れさせるためにも、女官たちは星嵐のことを、冠羅では王子様と呼んでいたのに、姫様と呼ぶようになっていた。
真国の女官に姫と呼ばれて、拒否反応が出ないようするためでもあった。

「うん・・・・今日は具合がいいみたい」
「そうですか。では、朝食をお持ちいたしますね」
「ありがとう」

食事を拒絶しかけていた星嵐のために、果物を中心にスープなどの胃に優しそうな朝食が出された。
星嵐は、全ては無理であったが、ほとんどを食べて、女官も安心したように微笑んだ。食後に紅茶を出され、それを飲んで星嵐はほっと一息つく。

女官たちを部屋に戻してから、星嵐は、天気もいいことだし、中庭でも散歩しようと思い立った。
広い後宮を一人で歩きたかった。女官たちがいれば、こっちにいってはだめだの、花が綺麗だから見て行こうだの、気ままに散歩もできない。
星嵐は真那から贈られたドレスの中からできる限り質素なものを選び、それを着て上から冠羅からもってきた自分の上着を羽織る。
本当に簡素すぎて、まるで女官のような出で立ちであったが、星嵐は気にしなかった。

そのまま中庭を歩いていく。噴水の水の音がサラサラと心地よく耳に届いた。噴水の側で本でも読もう。そう思って、星嵐は片手に持っていた真国の著名な作家が書いたという、恋物語の小説を片手に水の音がする方へと近づいていった。


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