寵姫たち







噴水の側に近づくにつれて、人声が大きくなっていく。
なんだろうか。
女官たちが、涼みにでもきているのだろうか。

女官たちくらいなら、気にしなくてもいいかなと、星嵐は自分の心に言い聞かせた。女官の中にも、自国の姫の世話をするために下級貴族出身の者もいるが、星嵐は冠羅の正当なる王家の血筋。身分がものをいう後宮においては、遅れはとらないだろう。

星嵐は、正式に真那に、愛妾として召抱えられた、真国に輿入れしてきた姫なのだ。身分は尊いはずである。他の寵姫と違って、真那が唯一望んだ姫として、後宮でも名高い存在であることを、星嵐は知らないが、星嵐の存在は後宮中に知れ渡っていた。
その存在が両性、太陽の子とされることも。
そして、同じ太陽を崇める真国において、両性は冠羅と同じく貴重で繁栄の象徴とされている。滅びの象徴ともされるが、あくまで繁栄の意味が大きい。
だから、太陽の子として尊ばれる。
だがその真国でさえ、領土が広すくなりすぎたぎために、両性具有を素直に太陽の子と崇める民も半数ほどになっていた。

他の国となると、事情はさらに悪化する。
滅びた樹(ジュ)の歴史と同じように、両性を召した王や皇帝のせいで国が衰退したり、王が両性ばかり寵愛するせいで国で反乱がおきたり、執務をないがしろにしたりと、とにかく両性は真国と冠羅以外では不吉の象徴とされ、生まれればすぐに捨てられたりする。殺せば樹を滅ぼした天嵐(テンラン)という冠羅出身の姫の呪いがふりかかるとされているため、たいていは冠羅以外で生まれた両性は冠羅へと送り届けられる。

冠羅で生まれる両性具有の確立は高いらしい。だが、他国でも両性具有は生まれる。特に冠羅の国の血を引いていると生まれやすいらしい。更に、両性具有の子は、両性具有になる確率が高い。遺伝子の中に、優勢遺伝子として組み込まれているのかもしれない。
両性具有は、驚くほどに美しい。傾国の美姫ともいえる美貌をもつ者ばかりが生まれる。そのために、不吉であると分かりつつも、他国の王族皇族貴族たちは、冠羅の両性を手にいれようとするし、自国で両性が生まれればそれを寵愛したり娶ろうとする。
冠羅に、実際に他国で生まれた両性具有が送られる確立は、40%にもすぎないという。

水色の髪に水色の瞳の両性具有は、太陽の申し子。両性たちの中に極稀に生まれる、空の色をもった両性具有。たいていは青みがかった銀色である。それさえも、人がもつべき色ではない。両性は髪や瞳の色ですぐ分かるのだが、髪を染色したりする者も中にはいる。
樹を滅ぼした美姫、天嵐も水色を持っていた。そして、水色をもつ両性ほど、国を栄えさせると言い伝えられている。もっとも、その後で滅びるとされているが。

星嵐の髪は長い水色の髪。瞳はオパールのような色彩を帯びた、これもまた水色。ただの水色の瞳では飽き足らず、太陽の神は星嵐に、宝石よりも美しい色を与えた。
これは、冠羅ではもはや太陽神自身の色彩であった。太陽の女神陽緋(ヨウヒ)の瞳の色はオパール色を含んだ水色であった。
まさに、太陽の子と呼ぶに相応しい星嵐。真那も同じ太陽神を崇めているために、星嵐の色彩は神々しいまでに煌びやかに見えた。

ともあれ、星嵐はオパール色を孕んだ水色の瞳で蒼穹の空を見上げると、緑の匂いのする空気を吸い込んで、片手に小説を持って噴水広場に現れた。

そこに降り注ぐ、幾つもの視線。
痛いほどにぶしつけな、それでいて気味悪いものを見るような眼差し。たくさんの視線は、全て星嵐に注がれていた。

「・・・・・・・あの」

別に、後宮で他の寵姫の友人を作ろうという気はなかったが、それでも仲良くはなりたかった。仲が悪いよりは仲がいいことにこしたことはない。
なんでも語れる友人がもしもできれば、この寂しい後宮での生活にも早く溶け込めそうな気持ちはあった。

「いやだわ、卑しい両性よ」
「まぁ、見てあの衣服。町の物乞いのようよ。汚らわしい」
「きゃあ、ほんとに水色。なんて不気味な色なのかしら!」
「知ってまして?あの不吉な子、陛下を早速たぶらかしたらしいわよ。娼婦だわ」
「両性は傾国の相ばかりと聞いていたのに、あれはなにかしら。貧相な。下品で不吉で気味が悪い」

突き刺さる言葉。
そんな言葉、冠羅にいた時にも、輿入れしたときにも聞いたことがなかった。

「え・・・」

「ここは私たち寵姫の居場所よ。あなたみたいなドブネズミのくる場所じゃないわ」
「なんでも冠羅の王子だったそうよ。王子だったなんで笑い草ね。きっと夜も役立たずに違いないわ。あんな小国からよく、輿入れできたこと」
「あら、それは両性だったからよ。そうじゃなきゃ、陛下が相手にするはずないわ。でも、両性なんて不気味なのが同じ後宮にいるだけで、気分が悪くなりそう」

目の前にいるのは5人の美しい姫君と、それに付き従うどれも美しい女官たち。
5人の寵姫はそれぞれに違う美しさをもっており、それに星嵐の美貌も少し霞んでしまいそうに見えた。どの寵姫も、本当に美しかった。星嵐のほうが圧倒的に美しいのだが、それも曇った表情のせいと、せっかっくの容姿は水色の髪が顔を隠していて、他の寵姫から見た星嵐の姿は、細い肢体をもった、不思議な髪の色の下女といったところか。

「自己紹介だけしてあげる。私は菜国(ナコク)の百合(ユリ)、菜国の第二王女よ」
「あたくしは、真国の陛下の従姉妹である真鈴李(シン・レイリ)、王女ではないけれど、公爵家の一人娘よ」
「わたくしは、沙羅(サラ)帝国の水音祢(ミネネ)、沙羅帝国第一皇女」
「私は・・・・・雪国(ユキコク)の第三皇女、雪花(セツカ)」
「私の番ね。神聖海楼国(カイロウコク)の第三王女、楼恋(ロウレン)」

口早に自己紹介されて、けれど聡明な星嵐はどの寵姫がどの国の出身で、名前が何であるかを一瞬で記憶してしまった。

「僕は・・・・」

「あら、楼恋、このドブネズミ、人の言葉を話すわよ」
「本当ね。そこの侍女、水を」

楼恋の侍女が、用意していたバケツを噴水の水で一杯にして、それを星嵐にバシャリと頭から浴びせた。

「あ・・・・・・」

びしょ濡れになった星嵐は、目を見開いてから、涙を浮かべた。

「どう、して・・・・」

「どうして?あなたが汚らわしい両性具有だからよ!さっさと冠羅に帰っておしまいなさい」

ペタリと地面に蹲った星嵐に浴びせられる、悪口雑言の数々。女官も臆することなく、星嵐を罵倒する。読もうと思っていた小説はぐしゃぐしゃになって、もう読めないだろう。地面についたままの手を、鈴李がグリグリと何度も踏みつける。その痛みさえ、冷たい水を被せられたことで麻痺しそうだった。

こんなに、忌み嫌われるなんで。どうして、僕は両性具有なんだろう。
どうして。

「とっておきのあげるわ」

嫌な匂いがした。
それが馬か牛の糞尿であることは、浴びせられてから分かった。

「あははは、ドブネズミにピッタリ!」
「本当に」
「さっさと消えなさい。臭いわ。存在が汚いわ」

「確か、冠羅の双子の片割れなんですってね。その様子じゃ、片割れも卑しいんじゃないの」

どこかで、星嵐の糸が切れた音がした。
牛の糞尿を全身にぶちまけられたまま立ち上がり、愛しい兄を侮辱した水音祢に近寄ると、思い切り頬をはたいた。

「僕の兄上を、花嵐を侮辱するな!!」

「何よ、お前なんて!」
鞭を取り出され、それではたかれてから星嵐は、逃げるようにその場を去った。
そして、与えられた部屋の中庭の前の水道で全身の汚物を綺麗に流すと、そのまま湯浴みして、寝台にぽふっと横になる。

涙が止まらない。

助けて、苦しいよ、花嵐。

誰か、助けて。



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