太陽の女神、陽緋







陽緋を降ろすのは、冠羅でも大切な儀式である。
それを行ったのは、誰でもない星嵐だった。巫女として、星嵐は陽緋を身に降ろし、冠羅での神託の行事は無事に成功した過去があった。
霊力を、星嵐は持っていた。持っているだけで、力として発揮できなかったが、巫女としての素質は十分であった。だからこそ、太陽神殿で巫女を王子二人のうちどちらからか出せという神託が下ったのかもしれない。

普通、巫女の資格は純潔を失うと同じように失われるとされている。
だが、太陽の申し子のような星嵐には、それは関係なかった。例え純潔を失っても、その身に陽緋を降ろすことができたのだ。
だが、星嵐が望んでも、儀式以外に陽緋が降りてくることは今までなかった。いや、神託後の、儀式のみにしか降ろすことはできなかった。その後何度か試みても、もう星嵐に陽緋は降りてこなかった。
他の巫女は、陽緋を降ろすといっても、身に宿すのではなく、言葉を承るだけで、世界で陽緋を、その女神を完全に身に宿すことができるのは、両性具有の中でも選ばれた者だけ。

陽緋と同じ色彩を持つ両性を、陽緋は好むとされている。まさに、星嵐の色彩は陽緋と同一。
水色の髪に、オパール色のような虹色にも見える水色の瞳。

星嵐に、太陽の女神陽緋が舞い降りたという噂は、真那の耳にまで届いた。
何度も真那に陽緋を宿せといわれても、星嵐には何もできなかった。

「陽緋の申し子ではないのか、お前は。何故宿せない」
「僕は、ただの両性です。そんなの無理です」

強く否定すると、失望したような真那の顔が、胸に痛かった。どうしてだろう。こんな男、愛しているわけでもないのに。むしろ憎んでいるのに。
力になれないのが、こんなに心苦しいなんて。

もしも陽緋を宿した姿を、後宮や宮殿だけでなく、民にまで見せることができれば、星嵐の地位は不動のものとなり、両性具有だからと排除しようという動きはなくなる。だから、真那は陽緋を宿せるなら、星嵐に一度でいいから宿ってもらい、その姿を、尊い神を身に宿す気高さを皆に知ってもらいたかった。
両性は決して不吉な存在ではないのいだと。

「まぁいい。他の寵姫たちとは上手くいっているのか?」
「・・・・・・はい」
余計な心配を真那にかけたくなかった。最近、夜にやってくる真那は、とても優しい。体を求めることもなく、執務に疲れすぎて同じ寝台で眠りたいらしい。
星嵐は、未だに寵姫たちから嫌がらせを受けていることを隠しながらも、真那と会話をする。
沈んだ表情ばかり真那に見せていたが、真那が笑顔でいろんなことを語ってくれる夜は好きだった。まるで本当に愛されているような錯覚に陥るくらいに、優しい真那の一面に、心の何処かがずきりと痛んだ。
真那は二十歳だが、笑顔を見せると少年のようにあどけなく見えた。金色の髪を編みなおしてくれと夜嵐にねだってきたり、たまに子供っぽい部分を見せてくれる。

そういえば、真那と自分は僅か5歳の年齢差だったのだと、今更ながらに気付いた。
いつも大人びた支配階級の人間に見えて、もっと年上だと思っていた。真那から年齢を聞いた時は本当なのですか?と、聞き返したものだ。

真那は、長い星嵐の水色の髪を金細工の櫛ですいてやった。
そして三つ編みに結ってやる。
「お前は体が弱い。両性だから仕方のないこととはいえ、私の子を産んでもらいたい。大切な存在だ」
「・・・・・・・大切な、ですか」
「そうだ。お前は大切だ。この国にとっても私にとっても」
それは、子供が欲しいから、それだけじゃないの?
そう聞きたかったが口ごもる。

愛されているのだと、自惚れてしまいそうで怖い。

「あなたは、誰を愛しているのですか」
「この真国の民全てを」
「そう・・・・」
少しだけ期待に目を輝かせた星嵐は、瞳を伏せた。
また、涙が零れてきそうだった。こんなに泣き虫だっただろうか、自分は。
もっと強かった気がする。冠羅にいた頃は。

「泣くな・・・・」
ぎゅっと抱きしめられて、星嵐は大きな瞳から涙をたくさん零した。
「ふえ・・・・」
赤子のように小さくなって、真那に抱きつく。
真那の体温が心地よかった。

「お前を娶ったが、お前は泣いてばかりだ。どうすれば、笑顔を見せてくれる?」
「・・・・・うう」
銀色の波が頬を伝って、真那の膝にすべり落ちる。真那は星嵐の額に口付けて、頭と背を優しくなでてから、あやすように子守唄を歌い始めた。

「陛下・・・・・」
「真那でいい」
「ん・・・・真那・・・・」

「ああ〜〜〜真は麗しき太陽の国〜夜も太陽さんさんさん、さんさんさん降り注いでるよ〜〜〜」
あまりに音痴な子守唄に、泣いていた星嵐は初めて真那に少しだけ微笑を見せた。
「陛下、音痴ですね」
「失礼だな。私は歌がうまいぞ。全国合掌祭の審査員を務めるくらいだ」

それは王様だからじゃないのか。星嵐はつっこみたくなった。

「ありがとうございます。気分が、少し明るくなりました」
「そうか。今日はお前を抱かない。だが、一緒に寝させてくれ。お前の体温が愛しい」
「はい、陛下・・・・」

唇を奪われて、星嵐は目をつぶった。涙は止まっていた。そのまま、今日の夜も同じ星嵐の部屋の寝台で、真那は寝ると、早朝には宮殿に戻っていった。


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