「星嵐姫」
「はい?あ・・・・百合様」
「陛下から珍しい小鳥を承ったそうね。一夜だけ、私にかしてくれませんこと?」
星嵐は逡巡した。大切な、可愛がっている小鳥だ。真那がいないときは、いつも小鳥の世話をしている。女官には頼まず、自分の手で育てていた。
百合は大国、菜国の王女だ。小国である冠羅の星嵐と同じ王族といっても格が違う。
「一日だけ。必ず無事に返してくださいね。決して逃がさないでくださいね」
そう、心配そうに星嵐は自室から小鳥の入った鳥かごを百合に渡した。
「まぁ、いやねぇ。私が殺すとでも?陛下の贈り物なのでしょう」
言葉の歯切れが悪い。ギリっと、歯を噛むような最後の仕草。

星嵐が知るはずもない。百合も同じ、この小鳥が欲しいと最初に真那にねだったのだ。乱獲で数が減り中々入手できない小鳥だ。星嵐が来る前に真那にねだり、真那はそれを承知してくれた。
宴で小鳥を見かけたとき、百合は真那は約束を忘れていなかったのだと歓喜した。なのに、よりにもよって星嵐に渡すとは。
酷いと真那に詰め寄った百合であったが、お前は動物を飼えるような人間ではないだろうと指摘された。いつも、小動物を飼おうとしては、気分がいらだった時に殺してしまった。
そんな性分だから、もう百合には愛玩動物の類は贈らないようにしていた。

「今日は私の誕生際なの。あなたもきてね。この小鳥は飾らせてもらうわ。泣き声がすきなの。この籠は趣味にあわないから、違う鳥かごに入れておくわね」

小鳥を連れて去っていく百合に、一抹の不安を抱えた星嵐であった。

それから、百合の誕生際が始まった。百合は今年で19になる。
同じ寵姫である百合の誕生の宴は盛大だった。星嵐の宴とは比べ物にならないほどに。楽師や踊り子が招かれ、皆着飾って豪華絢爛。
招かれた星嵐は居心地が悪そうにしていた。それもそうだろう。いつも苛められているのだから。それに小鳥のこともある。
真那と二人、百合が睦まじそうにしている姿を見るのも嫌だった。

だから、宴が終わりそうな頃合を見計らって一人抜け出して、自室に戻ると百合つきの女官に呼び出された。
「星嵐さま」
「はい?」
「百合様がもう小鳥を返すとのことで。百合様の部屋にまでとりにきてくださいませ」
「分かりました」
星嵐は、良かったと胸をなでおろした。

そして百合の部屋の前にくると、教えてくれにきた女官も百合も誰もいなかった。でも小鳥のことが気になって、そっと扉を開く。夜で薄暗かったので、部屋の照明をつけた。
すると、真っ白な最高級の絹のドレスがズタズタに切り裂かれているのが、目に飛び込んできた。
このドレスは、昨日真那が百合に贈ったものではないか。
そして、そのドレスの上にあったものに、星嵐は泣き叫んだ。

可愛がっていた小鳥が、無残な亡骸となって絹のドレスの上に置かれていた。
鋭利な短剣で首を切り落とされていた。
首を切り落とす前に、手で握りつぶされたようで、少量の血痕が離れた場所にあった。舞い落ちた水色の羽が、星嵐の視界の奥に入ってくる。見たくなくても、これが事実であるのだと、小鳥の死骸は無言で語っていた。
そして、絹のドレスを切り裂いたであろう凶器は、星嵐が冠羅から持ってきた、自害用にと持たされた星の細工がされた宝石細工の麗しい短剣。それには血がべっとりとついていた。小鳥の血だ。

その時、部屋の外で、物音がなった。
誰かがやってきたのだ。でも、星嵐は小鳥が殺された衝撃のあまり動けなかった。とてもとても可愛がっていたのに。陛下からもらった、かわいい小鳥。
僕と同じ色をした、特別な。

「この部屋ですわ!不審な影を見た女官がいましたの!」

扉が開かれて、夜ということもあり、灯りをもって入ってきた数人の影。
「星嵐・・・・何故ここに」
「きゃああああああ!陛下から貰った大切なドレスがああ!!」
百合は、引き裂かれた絹の純白のドレスを胸にかき抱く。そして、死んでいた小鳥の亡骸に目をつけた。
「きゃああ、これ、あなたが飼っていた小鳥じゃないの!陛下から贈られた小鳥なのに、なんて残酷なことをするの!わたくし、何もしていないのにこんな仕打ちあんまりよ!!!」

騒ぎを聞きつけて、真那がやってきた。

「陛下ーーー!!」
引き裂かれたドレスを持って、百合が真那の胸に飛び込んで盛大に泣き出した。一方、凶器らしき短剣を握ったまま動かない星嵐。短剣には血までついている。
まさに、犯人は星嵐といっているような状況だ。
真那は眉を顰める。

「酷いんですのよ、星嵐姫!陛下の寵愛が私にも向けられたのを妬んで、陛下が下さったドレスをこんなにしてしまったんですの!それに、陛下からいただいたはずの小鳥まで殺して、私の部屋を汚したのですわ!!」

「これは・・・・本当、なのか、星嵐」
短剣を握りしめたまま、否定の声一つあげない星嵐。

「星嵐!!」

パァン!!

大きな音が響いた。真那が、星嵐の頬をぶったのだ。その衝撃で星嵐は唇を切り、ポタポタと鮮血を滴らせるが、まだ目を見開いたまま、動かない。

「星嵐!どうしてこんなことするんだ!聞いているのか!」
「どうしてなの!酷すぎますわ!!」
騒ぎに他の寵姫や女官たちもやってきて、皆で星嵐を責める。

「僕は・・・・・僕が、殺した。僕が可愛がったから・・・・」
短剣を取り上げられて、そこではじめて星嵐が動いた。

「うわああああああああ!!」
犯人は、百合しか思いつかなかった。
そして、星嵐はいつもの優しさはどこへいったのか、百合に殴りかかったのだ。拳で何度も顔を殴打されて、百合の顔は痣だらけになった。
「取り押さえろ!牢にいれておけ!!!」
真那の冷たい声。
星嵐は、宦官たちに戒められて、そのまま宮殿の地下にある地下牢にぶち込まれることとなった。

「返せーー!僕の花嵐を、小さな命を返せーーー!!」
ずっと、星嵐はそう叫んでいた。
反省しようとする態度も見れないことから、懲罰として鞭打ちの刑が処された。



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