冠羅への道







「私が悪かった。全ては陽緋から聞いた」
「え・・・・」
「お腹の赤子は流れた。もういい。お前は私の側にいても傷つくだけだ。冠羅に返す」
「流れた・・・・冠羅に、戻れる・・・・・?」
あれほど望んだ、冠羅への帰還。
なのに、なぜこんなに虚しいのだろうか。
子供が流れたとか、そもそも身篭っていたと自分でも知らなかった。だから、そんなに心の痛みもなかったけれど、殺された小鳥を思い出した。
流れた赤子にだって、ちゃんとした命があったのだ。

「あ、僕、赤ちゃん殺した・・・・あ、あ・・・・・」
「違う。悪いのは私だ。もういい。冠羅に帰るといい。お前を妃にしようと思っていた。だがもういい。明日には供をつけて馬車を出す」
「妃?・・・・・明日帰れる?」

真国にきて半年が経とうとしていた。
こんなにあっけなく、終わるものなのだろうか。
帰りたいと願い続けていた冠羅への道。

どうしてだろう。
真那の顔を見るのが辛い。

「冠羅に、帰れる・・・・陛下にもう会えない・・・・」

何故だろう。どうしてこんな言葉が口から漏れるのだろうか。
捨てられる。真那に捨てられるのだ。そう、戻っていいということはすなわち用済みということ。
こんなに望んだことなのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。分からない。何も分からない。もう、何も考えたくなかった。妃にしようと思っていたとか。もう、そんなことで心をかき乱さないで欲しい。もう真那には会えない。でも、それが冠羅に返されるという意味なのだ。

「冠羅に帰る・・・・僕、もう・・・何も考えたくない。もう・・・・もう嫌です・・・・・」
「今日はゆっくり寝るといい。明日馬車を出させる」

その日は、全く眠ることができなかった。そして、翌日、百合が寵姫の身分を剥奪されたと聞いて、驚いた。まさかそこまでするとは思ってもいなかったのだ。
「百合姫は、寵姫の身分を剥奪されました。加えて、星嵐姫が身篭ったお子を流す原因を作った罪で、国内追放の刑に」
「そう。陛下は・・・・僕のためにそこまで・・・・」
大臣の露松蔭(ロ・ショウイン)が、馬車を待つ星嵐に、どうか心を入れ替えてくれまいかと熱心に口説いてくれたが、心はもう空っぽで何もなかった。
どんな言葉も、もう胸に届かない。
大臣にとって、初の懐妊にまで至った寵姫なのだ、星嵐は。子は流れたとはいえ、両性が子を成すのは難しいといわれていたのに、子が確かにできたのだ。またできる確立はかなり高いし、星嵐を診察した医師は、星嵐は男性としては機能できないが、女性として妊娠することは可能だと診察結果を出したせいもある。何より、一番王が愛している寵姫なのだ。
王のためにも、側にいてもらって欲しいところなのだ。

「陛下に・・・・どうか、お体をお大事にとお伝えください」
ペコリと頭を下げて、大臣が止めるのも振り返らずに、馬車に乗り込む。
そのまま、馬車は冠羅に向けて出発する。
供をつけての出発であったはずだが、大国菜国の王女を国外追放にしたせいで、菜国との緊張が高まっており、冠羅まで共についてくれるはずだった兵士は、菜国との国境線に回されることになってしまった。
いつ、菜国と戦争が始まるか分からない状態で、国内の兵士のほとんどが菜国との国境に配置されることになっていた。

「冠羅に戻ったら・・・・何をしよう。何も・・・・思い浮かばないよ、陛下・・・・」
馬車の中で、星嵐は膝を抱えて泣いた。

途中、馬車が止まった。
「あの、何か?」
「いえ・・・・こちらに。馬が疲れたようなので、こちらの馬車で冠羅まで送り届けます。念のため、傭兵を雇っていますので」
「はい・・・・・」
涙をふいて、星嵐は馬車を乗り換えた。随分とおんぼろな馬車だが、我慢するしかない。馬車には傭兵らしき男が二人後部座席に乗っていた。

「すみません、冠羅までお世話になります」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
その目は、脂ぎっていた。
それに気付くほど、星嵐は世間を知らない。16になったまだ子供。

「よくも・・・・私を国内追放の刑にさせてくれたわね」

カラカラと周る馬車を遠くから見つめる美女がいた。痣の痕がまだ残っているが、目の上にできた腫れ物はようやくひいて、本来の美貌が取り戻しかけているその美女は、百合であった。


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