王太子那伊(ナイ)







太陽暦2030年、真那(シンナ)王が即位するより23年前。
かつて、真国の王は53歳という年齢にさしかかった、民に重税をかけたりと評判の悪い那琶(ナハ)王の時代であった。那琶王は、34歳で即位してからというもの、領土拡大を押し進め、真国の領土を拡大し更に真国を大国へとのし上がらせていった。

民は重税のほかに、戦役まで課せられて、国は荒れていた。
盗賊などが横行し、その討伐もままならぬ時期が続いた。やがて、王太子である那伊(ナイ)が17歳になったのをきっかけに、成人の年まであと1年しかないということもあり、真国を荒らしまわっている盗賊の一味討伐の命が、那琶王から那伊に下された。
那伊は王宮に仕える騎士団を率いて、父の言うとおりに盗賊の征伐にかかった。

時は太陽暦2007年の夏の出来事であった。

盗賊団の一派のほとんどを捕まえ、すでに処刑した王太子那伊は、盗賊の本拠地を夜襲して襲い、見事国を荒らしまわっていた盗賊の頭の首を自ら剣で切り落とし、盗賊団は壊滅寸前となった。逃げていく者にも容赦なく剣の刃がふりかかり、矢が放たれる。
捕縛の後牢にいれて釈放など、温情など与えては、他に国を荒らしている盗賊たちをつけあがらせてしまう。
那伊は、騎士たち全員に、盗賊団の壊滅を命じた。

盗賊団の本体は若いてだれの者が多く、精鋭を誇る騎士団の中にも負傷者や死者が出た。敵は毒の矢を射ってきたりと、その解毒に借り出された太陽神殿の僧侶たちは、血が流れていく場面に恐怖しつつも、太陽神陽緋(ヨウヒ)の名を口に、負傷者たちを自らの霊力で癒した。

太陽神殿の僧侶たちは、わずかであるが傷を治すことができたし、特に解毒や呪いの解除といったことに関しては専門分野であった。治癒能力をもつといっても、負傷者の免疫力を高めて血を止めたりする程度で、応急手当は必要である。それに真国は他のどの国よりも医療技術が進んでいた。
病院が存在し、病人は麻酔をかがされ昏睡状態にされ、手術を行い、患部摘出処置を受けたし、怪我人は止血処理の後、患部を糸で縫うこともあった。

騎士団には医師も同行し、負傷者の手当てを行う。
血なまぐさい匂いが立ち込める中、転がった盗賊たちの死体を脇にのけて、負傷した仲間の中でも重傷者の治療が優先して進められた。

「これで全部か。とり逃しはないな!?」
那伊は、美しい金色の長い髪を後ろで一つに結い上げて、王太子らしい煌びやかな衣服の上から最低限の防具を身に纏っていた。
那伊は若く美しい少年であった。17歳というが、もう少し年若く見える。母親に似たせいであろうか。那伊の母親は後宮に住んでいて、父である那琶王の第4妃であり、真国の王族に連なる血筋をもつ高貴な姫であり、まさしく王太子として相応しい血筋を、那伊は父と母から受け継いだ。

父の那琶王は10人の妃と何人もの愛妾を持っており、後宮は改築工事が何度も進められて、館まで建てられた。
那伊に兄弟は姫を含めて16人存在した。
妃と愛妾の数のわりには、子が少ないほうかもしれない。
それも、きっと妃たちの間で孕んだ自分より身分の低い、特に平民出身の愛妾には堕胎薬を飲ませたりと、そんな暗いものが横行しているからであろう。
古来より、真国は子が多ければ多いほど、暗殺や毒殺、堕胎などの裏の歴史が存在した。那伊とて、何度か暗殺されかかったことがある。

那伊は父から譲り受けた聖なる祝福を授かったとされる太陽剣と呼ばれる、真国の宝剣を手に、ザッと空を切ると、刃についていた血を払った。

「殿下、地下に通じる道が発見されました」
「よし、では俺が先に入る。後の者は、我が声の後に続け」
「はっ」
騎士たちは那伊の言葉に頷くと、那伊は松明を片手に、地下に通じるという隠し階段を降りていく。盗賊の生き残りが潜んでいるかもしれない。
太陽剣を再び鞘から引き抜き、那伊は蒼い瞳を闇に慣れさせるために何度か瞬いて、階段を降りていった。階段の先には、地下牢があった。すでに白骨した遺体が幾つか鉄格子の中に悲しげに転がっていた。

盗賊たちに人質とされていた女子供や、若者はすでに保護した。
この先に何がいるというのだろうか。

那伊は、ブーツのつま先を石にとらわれてこけそうになった。
「おっと・・・・いかんいかん、緊張を保たねば」
やっと、人殺しなどという重役から解放されたのだと、半ば安堵しかけた体に活をいれる。

カツンカツンと、那伊が歩く音が床に寂しく響く。
地下等は幾つかあり、どれも白骨化した死体ばかりが中に転がっている。

「見るだけ無意味か?」

那伊は、松明の灯りを手に、踵を返そうとした。
その時だった。

松明の灯りに照らされて、蠢くものがいた。

「何者だ!」

那伊は太陽剣を突き出した。
剣の切っ先は、牢の中で震える小汚い少女に向けられていた。鉄格子ごしなので、少女に直接切っ先が向けられているわけではないのだが、少女は明らかに怯えていた。

「お許しを・・・・お兄様、お許しください・・・・・」

「お前は?」

那伊は愕然とした。少女の長い長い髪は蒼みを帯びた銀色。松明に映る少女は顔を隠してはいたが、その髪の色は両性がもつとされる蒼を帯びた銀色ではないか!
水色が至高とされる中、通常の両性具有は蒼銀という人にはあり得ない色素の髪や瞳をもつ。髪を染めたりしない限り、一目で両性具有と分かる色であった。
特に瞳は色を変えることなどできないため、帽子などで隠すしかない。

「お兄様ではないの?誰?」

「俺は真那伊(シン・ナイ)、この真国の王太子だ」
「王太子・・・・」

少女は顔を蒼銀の髪で隠して、そろりと鉄格子をつかんだ。

「私をここから出してください。お願いです、助けてください」
「無論だ」



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