藍零(アイレイ)







少女の牢をざっと見渡して、奥に牢の鍵があるのを発見して牢屋をあける。
ギイと重たい鉄の音がした。
少女はガクガクと震えていた。汚れた衣服に、蒼銀の髪も汚れており、何日も風呂に入っていないのが匂いで分かった。

「王太子殿下、私汚いです。自分で歩けます」
「何をいう。こんな惨い目にあっていたのだ。私には民を守る義務がある。お主を守る義務も無論あるのだ」

少女は、鉄の足枷をされてそれは鉄格子にはまっていて、無言で那伊は少女の足枷を、鋭い切れ味を誇る太陽剣で切り離した。
カツンと重い音を立てて、少女が解放される。足は酷くすれて化膿しかけていた。血がにじんでいて、見るからに痛そうだ。
汚物にまみれてはいないが、少女の手足は垢まみれだった。
床に無造作に置かれた皿に、固いパンが乗っていたが、半分腐りかけていた。

「お前は、名はなんという?」
「藍零(アイレイ)です」
「藍零か。良い名だな。何ゆえこのような場所にとらわれていた?」
「私は・・・・冠羅からきました」

「冠羅!あの金のとれる豊かな国か。両性具有が多いときく。そういえば、おじい様の代にも両性具有の妃がいたな。両性は太陽の子。すなわちこの真国を繁栄させる象徴。両性がいれば、娶るのが古代からの真国の慣わしだが、随分と廃れたものだ。お前は両性具有だな?」
「はい。私は両性具有です」
藍零の言葉ははっきりとしていた。

今では、両性具有は半ば不吉な存在とまで言われるようになった。冠羅という、国交を閉ざした国では両性具有が生まれやすいと聞く。そしてその国からかつて真国は幾度も花嫁を迎え入れたという。

樹(ジュ)という古くから栄えた大国中の大国が、天嵐(テンラン)という冠羅の姫に滅ぼされるまでは。

今では両性は繁栄と滅び、両方の象徴となっていた。昔は繁栄のみで、太陽の子して真国でも尊ばれていたが、時代の波とともにそれも廃れて、真国だけでなく、他国で生まれた両性は、両性具有を尊び守り保護する冠羅という小国に、生れ落ちたら身分関係なく送り届けられる慣わしになっていた。
もっとも、両性は傾国の相を持つ者ばかりで、どの国でも貴族以上の支配階級は両性を娶ろうとする。その美貌ゆえに。商家の金持ちでさえ、両性の妻を持つ者もいる。
だが、両性は病弱な場合が多く、若いうちに命を落とすものが多いと聞く。また、両性具有の子は両性具有になる確率が高い。

貴族階級などでは、両性を囲って子を産ませ、その子が両性であれば大金で両性を求める他の貴族などに売ったりする、人身売買があるとまでいわれている。
真国に限らず、多くの国々で奴隷制度が廃止されたが、闇では未だにどの国でも人身売買が当たり前のように行われていた。貧しい家の娘を娼館に売る親なども後を絶たない。

「藍零、目は大丈夫か?」
「え?」
「長い間こんな闇の中にいたのだろう。普通なら日の光をじかに見ると失明してしまう場合が多い。大丈夫か?」
「大丈夫です・・・・暗闇にも、目がきくんです。両性は、暗闇でも目が見えるんですよ」
「そうか」
薄汚れた長い波打つ蒼銀の髪は、少女の踵までありそうな長さであった。

「殿下、ご無事で・・・・この子は?」
騎士の一人が、那伊の腕の中にいる薄汚れた、異臭を放つ少女を見つめる。
「地下牢に囚われていた。私が保護する」
「しかしこのような素性の知れぬ者・・・・それにこの髪の色・・・・両性では?」
「そうだ。それがどうした。この子は長い間この地下牢に監禁されていたのだろう。恐らく盗賊たちの金目的で、冠羅から誘拐されたようだ」
「王子、それは」

藍零が、それは違うのだと首を振るのだが、那伊はそういうことにしておいたほうがいいと、藍零の耳に囁いた。

「兄様というものが誰なのか、何故囚われていたのかなどで後ほど聞かせてもらう」

こうして、藍零という両性具有は、どんな運命のめぐり合わせか、真国の王太子である那伊に保護されることとなった。

「王宮へ向けて帰還する!!!」

那伊は強く言い放つと、馬の前に藍令を跨らせて、お気に入りの葦毛の馬に鞭を振るった。
「私をどうするのですか、王太子殿下」
「さぁ、分からない」
馬上で二人は会話する。

藍零は、震えていた。怖がっているのだ。

「案ずるな。悪いようにはしない」
「でも、私は・・・・」
「いいから、今は休み体力をつけることだけを考えろ。あんな不衛生な環境にいたのだ。病気にかかっているかもしれない」
「そんな私を同じ馬に乗せるのですか?こんな小汚い・・・・臭いわ。お風呂にずっと入っていないもの。王太子殿下は平気なの?」
「ははは、確かに臭いな。あとで私が洗ってやろう」

藍零は蒼銀の髪に顔を隠していたが、真っ赤になっているのは様子でなんとなく分かった。




NEXT