兄弟







今日も、宮殿の中庭で藍零の美しい歌声が響く。それに合わせて琴を奏でるのが那伊の日課であった。
那伊が愛妾を召抱えたということを、父と母は喜んだ。
那伊はこの真国の王太子なのだ。早く次の子を作ってもらいたいところである。順調に王位が継承されていけば、那伊の最初の子が、那伊が去った後の王になるのだ。

真国では他の国と違って、姫でも王位継承権を持つために、男女どちらでも構わないと父は那伊にはやく子供をもうけろと促すのであった。
王太子であるのだから、まだ若いし愛妾も好きなだけもつといい、妃もどうだなどと進められても、那伊が妃や愛妾を、藍零の他に持つことはなかった。

いつも、那伊の父王がくると藍零は逃げ出した。
一度も、那琶王に顔を見せたことはないが、王は藍零が両性具有で美しいと聞き及んではいるものの、今は20になる第10妃に夢中で、藍零に顔をあわせろと命じることはなかった。

「殿下、花摘んだの!」
藍零は、宮殿にきてからガリガリだった貧相な体にも肉がつき、とても美しい愛妾になっていた。
最も、那伊にとっては妹のような存在である。藍零も、那伊のことを本当の兄のように慕っており、二人の関係は愛妾と王太子ではなく兄弟であった。

「藍零は花が好きだな」
「だって、宮殿の中庭にはたくさんの花があるんですもの!冠羅にはない花がいっぱい咲いていて嬉しい」
「そうか。お前専用の庭を造らせようか」
「いいのですか、殿下」
「ああ、いいとも。好きなだけ甘えるといい」
那伊は、藍零を好きなだけ甘やかした。だが、藍零は宝石や豪華なドレスなどは好まず、花や本などといったものにばかり興味をむけ、そして歌を愛した。
藍零の歌声を聞くのが、宮殿の兵士たちの楽しみでもあった。

王太子の部屋から聞こえてくる愛零の歌声に、女官まで心囚われて、時間さえ過ぎていくのを忘れてしまう。

「殿下、今日は城下町に行きたい!」
18歳だった藍零は19歳になっていた。
17歳だった那伊は18歳となっていた。
那伊は、その日も藍零の言葉を聞いて、忍びで二人で城下町に遊びに出かける始末。

だが、王太子としての責務を放棄するわけでもなく、那伊は王太子としても立派であった。戦争が起きれば戦陣に立ち、兵士たちを指揮し、そして帝王学や剣術などを勤しむ傍ら、歴史学や地理、他国の言葉を学んだりと那伊は、他の15人の兄弟姉妹に比べて一番聡明であった。

「殿下〜。一緒にお風呂はいろ〜」
そんな甘えた声に、女官たちがクスクス笑って退室していく。
二人はいつも一緒にお風呂に入った。

「待ってろ、今髪をあらってやるからな」
「はやくー」
藍零は丁寧な口調の時もあれば、子供のように甘えてねだってくる。
それが那伊には愛しくてたまらなかった。

「お前・・・・女ぽくなってきたなぁ」
「やだ、殿下のスケベ!」

両性でも、男性的両性具有と女性的両性具有の2つのタイプが存在する。男性としての機能が大きいか、女性としての機能が大きいかの差であった。
最初、貧相だった藍例はその中間であるように思えた。どちらも機能するか、もしくはどちらも機能しないか。
だが、年を経る度に、藍零の体の線はより少女らしいものへと変わっていった。
もっとも、もう19なので少女というにも限界があるのだが、藍零の体の造りは幼くて、容姿もそれに比例して、まだ数年は少女で通りそうな容姿であった。

藍零の長い蒼銀の髪を石鹸で洗ってやり、湯ですすいでやる。
彼女は相変わらず、長い髪を維持したままだ。

「私、この髪を切らない理由があるの。この髪はね、私を守ってくれるの。私と殿下を」
「なんだそれは。願掛けか?」
「うーん、そんなものかなぁ?小さい頃に、お父さんとお母さんに、ずっと髪を伸ばしていろって言われてずっと伸ばしてるの。そして、貴族とかに呼び止められたらこの髪で顔を隠して、その間に泥を顔に塗るの。そしたら貴族たちは私を小汚い娘だって解放してくれるから。でも、もうそんな必要ないね。きろうかな」

「いや・・・・きらなくていい。お前の髪はとても綺麗だ」
「髪だけ?」
「いや。お前の存在全てが美しいよ」
「殿下ったらうまいこというね。私そんなことでほだされないよ」
クスリと藍零が微笑んだ。
この笑顔が大好きだと那伊は思う。ずっと、守ってやれたら。

藍零の瞳の色は、水色だった。
両性の中でも至高とされる色。太陽の申し子とされる色。
この瞳の色が、この美貌がもしも父の那琶王に見つかれば、きっと藍零はただではすまないだろう。父王にとられてしまうだろう。父王は、戦争ばかりあけくれてはいるが、優しいし嫌いではなかった。
だが、好色なところだけは好きになれなかった。
那伊は、もう成人したというのに、妃の一人もいない。愛妾も藍零一人だけ。
父の那琶王は、成人した頃には6人の愛妾と3人の妃を娶っていたという。だが、父は父、自分は自分だと那伊はのんびりとそのうち妻を迎えようなどと考えていた。

できれば、藍零と一緒にのんびりと穏かな日常を過ごしたい。早く戦争なんて終わればいいのに。
戦争の火種は日ごとに悪化するばかり。
だが、那伊も藍零も明るかった。国の民は疲弊しきっていたが、王族や貴族は潤ったままだ。
いつか、自分がこの戦争をなくそう。そう那伊は、藍零に語って、今日も寝室で藍零が歌姫として自慢の歌声を宮殿中に響かせる。

二人の兄弟のような、穏かな日常は長く続くかのように思われた。



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