蒼銀の妃







藍零は、自我を取り戻し、そして正式に王太子那伊の正妃となった。
反対する家臣たちは多かったが、他に妃も愛妾も娶らぬと、那伊は宣言した。好色な父の那琶王は、それを承諾してやった。
なにせ、16人兄弟姉妹である。
王位継承権をもつ者は多い。

それに、那伊はまだ若い。18だ。成人の年を迎えたばかりだ。子供など、20代でも30代でも、その気になれば老齢になってもできるものだ。
事実、那琶王が寵愛する第10妃は、那琶王が54の年で懐妊した。子が無事生まれるかどうかは分からないが、子を成すということは難しいようで、相手の女が大勢いれば子種がないなどという限り、至極簡単なことなのかもしれない。

藍零妃は、いつも顔を蒼銀の波打つ髪で覆い隠していた。その中を見たのは、一部の女官だけ。
夫である王太子の那伊の父王、那琶王とその母である第4妃に目通りがかなったときも、顔を髪で覆い隠していた。

いつしか、藍零妃はこう呼ばれるようになっていた。
蒼銀の妃と。

それは那伊が教えたことでもあり、藍零自身の自己防衛でもあった。
もう二度と、他の男に欲望の対象として見られないようにするために、顔を隠す。仮面をつけることも多々あった。
王の那琶に、顔をいい加減見せてはどうだと迫られたときなど、仮面を被って現れた。
曰く、藍零は那伊が襲われた日と同じ日に襲われ、顔を焼かれた。
そういうことに公にはなっていた。無論、那伊の筋書きであった。
流石にどんなに美しい両性であれ、醜く焼け爛れた顔など見ても仕方ないので、父の那琶王も、藍零の素顔を見ることを簡単に諦めた。

「藍零、体は大丈夫か」
「殿下。大丈夫だよ」

藍零は、両性のため、風邪などにかかるとすぐに悪化して寝込んでしまう。両性は病弱な者が多い。
藍零とて例外ではなかった。
熱を出した妻を、いつも見守る那伊の姿は、宮殿でも麗しい夫婦愛として家臣たちの間で評判であった。藍零が両性でなく、ちゃんと子を成せたらもっと美しいのにと囁かれることもあったが、二人が気にしたことはない。

「藍零。見てごらん、庭の花を摘んできたよ」
「ありがとう、殿下。新しい歌を覚えたの。聞いて」
藍零は、いつまでも美しく儚かった。
結婚して数年経ったというのに、いつまでも少女の時に時間をとめたように。一向に容姿が老いる気配がなかった。

水色の瞳もいつも綺麗に耀いていた。
そう、まるで青空のように。雄大で、そして果てしなく。

藍零は、いつも笑顔で那伊に話しかけた。
いつか子供ができたら、真(まこと)の那伊という意味で真那(シンナ)と名づけたいと。だが、何度藍零が願おうが、一向に子ができる様子はなかった。
藍零を医師に見せたが、そもそも月経そのものがなく、女性としては機能しないだろうという見立てであった。
それに二人は悲しい顔を見せたが、だが二人の仲が冷めたこともなく、いつも二人は一緒だった。
唯一、戦争の時だけ寂しげに藍零は宮殿に取り残された。

藍零の顔は、本当は醜く焼け爛れていないのではないかという噂が兄弟姉妹たちの間で飛び交い、藍零の顔を見たいと兄弟姉妹は甘えてくるが、決して那伊はそれを許さなかった。
余計に、神秘性が高まる藍零妃。

いつか、藍零の顔を誰かに見られて、藍零をとられてしまう。
そんな気を、いつも那伊は抱いていた。
だからこそ、藍零をあまり自由にさせず、行動はいつも一緒にとった。もう、二度と過ちが起きないように。藍零が嬲り者にされることがないように。


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