太陽暦2010年。それは春の出来事であった。 いつもより体調のいい藍零を連れて、中庭を散策していた。藍零はいつものように仮面をしていた。外に出るときは、たとえ夫の那伊がいても家臣たちや他の王族の目に触れる可能性があるためだ。 藍零の美貌は衰えることを知らない。年を経るごとに、逆に耀いている。 同じく、那伊も青年期を迎えて輝いていた。 まさに絵になる二人。美青年と美少女の姿をした美くしい二人。 二人は幸せであった。子はできなかったけれど。 二人が逢瀬を重ねるようになって2年が過ぎていたが、まだ子供ができる気配はなかった。藍零は那伊に内緒で、医師に相談に、漢方薬を服用したり、怪しげな占い師の力を頼ったりと、少し精神が病んでいるように思われたが、那伊に捨てられたくないという一心からのことばかりであった。 那伊はたとえ一生子供ができなくとも、藍零を手放すことはないだろう。それほどの寵愛ぶりであった。 藍零がたとえ、本当に醜く火傷を負ったとしても手放す気など全くなかった。 「殿下、今年も綺麗に咲きましたね」 藍零が自分で世話をした庭にやってくると、綺麗に咲き誇った白い薔薇を一つ手折る。 「あっ」 棘が刺さり、彼女は指から血をにじませた。 すぐに那伊が、その血を吸い取って医師を呼ぶと慌てた。 「大丈夫ですよ、殿下。これくらい平気ですもの」 「しかし藍零。お前に万が一のことがあれば私が平静でいられない」 「殿下は、いつまでも優しいですね」 「当たり前だろう。愛しているのはお前だけだ、藍零」 「あっ?」 ドレスに、血がにじんでいた。 なんだろう、棘をさした指から血が滴り落ちたのだろうか。 いや、違う。 腹部に鈍痛のような痛みがある。 藍零は、自分でドレスの裾をたくし上げた。 「いやああああああああ!!!」 藍零は悲鳴をあげた。その悲鳴に白い薔薇が散っていく。藍零は白い薔薇をがさがさと手で掻き分けて、逃げようとする。 「どうしたんだ藍零!」 「いやあああ、男があああ!男が私を汚すのおおお!!」 その時、藍零には幻覚が見えていた。 昔、藍零の処女を奪った男たちの手が、藍零に襲い掛かってくる幻覚に。 藍零のドレスの裾さえも汚して、彼女が滴らせた血は、まるであの時失った処女の血のように女の秘所から溢れてくるではないか。 雪のように白い藍零の太ももを伝う血。それは地面にも吸い込まれた。 藍零は一際甲高い悲鳴をあげて気絶した。 わけがわからず、那伊はすぐに医師を呼んだ。 「おめでとうございます。月のものですよ。月経がはじまったのでしょう。これで、藍零妃は子が妊娠可能です」 「なに、それは本当か!!」 医師の診察の結果に、那伊はこれでもかというほどに喜んだ。 もしかして、知らない間に身篭ってその子が流れたのではないかと、悲愴にくれかけた矢先の吉報であった。 これで、藍零との間に愛の結晶ができる。 望んでいた子ができる。 真那(シンナ)と、男でも女でもいいから名づけよう。そうしよう。 藍零は念のために鎮静剤を投与されて眠っている。 彼女が目覚めた時、那伊は優しく彼女に教えた。これは月のもので、女性は月に一回はあるもので、何も怖がることはないのだと。 月経と呼ばれる症状で、女になった証であり、子ができるようになった証であると。 藍零は泣いて喜んだ。二人して、かわいい子を作ろう。 そう約束した、太陽暦2010の春。 戦争は未だに拡大を続け、戦火に巻き込まれる民も多くなっていた。 NEXT |