悲劇







やがて生まれた男児は、藍零の口ずさむ歌の通り「真那」と名づけられた。
本当なら、那伊と一緒に育てるはずであった愛しい子。藍零に、その赤子は自分の子であるかの判別すら分からなかった。

生まれた子は那琶王の第17子とされた。

「ホホホホ」
廊下を歩く狂った藍零妃。従う侍女たちは、藍零が粗相をしないように気を配らねばならなかった。
藍零は子供のようにはしゃいで走り出したり、物を壊したり、しまいには窓から身を投げようとまで様々なことをする。
「うふふふ、私のかわいい真那、まだ産まれてこないの。まだぁ?」
お腹をさすって話かける藍零。
そこに、昔のように那伊を愛した彼女の姿は微塵も残っていなかった。まるで別人だ。ただ、少女のような美貌が変わらないまま時を止めていた。
「藍零妃、さぁ、しっかり歩いてくださいまし」
「あははは、ふふふふふ」

後宮で狂った小鳥が囀るようになった。
子が無事生まれたと聞いて、那伊はほっとしたが、だが未だに監禁状態であった。
だが、子の誕生を祝して、那琶王が那伊の監禁を解いた。
那伊は那琶王の場所には訪れず、真っ先に後宮の軟禁されている藍零がいる館に向かった。

「藍零!」
「だぁれ?」
「藍零・・・・・」
那伊は絶望の底にたたき落とされた。
そして、藍零はねだるように甘い声を出す。
「ああ、また子供ができるのお。毎日毎日犯されて。うふふふ、また子供ができちゃううう」

「藍零・・・・許してくれ!」
那伊は、蒼い瞳から血の涙を流した。
そして、腰に帯剣を許された太陽剣を取り出すと、それで愛しい、誰よりも愛しい藍零の腹部を突き刺した。
「ぐ・・・ふっ」
「今、私もいく。藍零。見ていられない。狂ったお前がこれからもあの狒狒猿に犯される姿など、見たくないのだ・・・・私の我侭を、許してくれ・・・・愛している、藍零・・・・」
「けほっ・・・・・」

藍零は大量の鮮血を吐いて、目を見開く。水色の瞳を。
そして、震える手を那伊に伸ばした。

「ああ・・・・・やっと、会えた那伊。やっと・・・・愛してるわ、那伊・・・・・ずっと、愛して・・・・」
「藍零!!」
まさか、藍零が元に戻るなんて思考の欠片にもなかった。
「あ、あ・・・・私は・・・・」

自分一人の身勝手で、愛しい妻を手にかけてしまった夫は、笑った。
狂ったように。
「あーっはっはっは。藍零、私もいくよ」
そして、頚動脈を太陽剣で切り、大量の血を部屋中に撒き散らして那伊は倒れた。
騒ぎにかけつけた女官の手により、すぐに医師が呼ばれて那伊は一命を取り留めたが、藍零はだめだった。藍零は、わずか22歳という若さで、愛する夫、那伊の手によって葬られた。

那伊は、それきり床に伏せるようになった。王太子としての責務も全て放棄してしまった。生きる希望を失った彼であったが、時折遊びにくる実子であるはずの、しかし兄弟としての関係を強いられた真那が那伊の全てであった。

「兄上、お加減はどう?」
「ああ、真那。今日も元気そうだね」
「僕は元気だよ兄上!兄上、早く元気になってね!王太子なんだから」
「ああ、そうだね」
那伊は、真那の姿を見ると悲しそうに微笑んで、彼が去るといつも涙を零した。

「許してくれ、藍零・・・・私は、真那が暗殺されないためにも、生きるしかないのだ」
影に王太子がついているとなれば、真那は醜い暗殺などの権力争いから逃れることができる。伏せっているとはいえ、まだ王太子の存在は絶大であった。


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