君を想フ1







君を想フ

病床の床で、解放王の名をもつ那伊(ナイ)王は、自分が殺した妻藍零(アイレイ)のことを思い出していた。
「藍零・・・・・」
美しい名だと思う。
アイレイ。よい響きだと思う。

彼女を殺した天罰が、架せられる。
病になりながらもまだ生き続けているのは、二人の子である真那(シンナ)を暗殺から守るため、病状の身でありながら王太子の身分を自ら返上することはなかった。

君を想フ。
美しき君を。

夢を何度も見た。そして目が覚める度に泣いた。
なぜ、殺してしまったのだろう。なぜ、守れなかったのだろう。

藍零。愛していたよ。愛零守りたかったよ。
この命の全てをかけて君を守りたかったよ。

君ヲ想フ。

那伊は、また緩やかな夢の中に飲み込まれていく。
追憶の波に。

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「那伊!」
無邪気な笑顔で、藍零は那伊の寝台に乗りかかると、彼の目を覚ました。
「藍零・・・・こんな夜更けに」
「那伊、もうすぐ朝焼けだよ!」
藍零は、正妃となってもなお、王侯貴族であるのかと疑いたくなるようなほどに、天真爛漫で悪戯っ子だった。
「あー。朝焼け・・・・もう少し寝かせておくれ」
「いやだよ那伊!一緒に朝焼けを見るって約束したじゃない!」
「そうだったろうか」
那伊は、戦争が一時的に停戦となった今を、藍零と過ごすことを何より楽しく思っていた。
無邪気な彼女を、王族として縛ることはせずに、ありのままの彼女を受け入れた。
時には泥だらけになって帰ってくる藍零。

何をしていたのだと聞いたら、侍女の洗濯を手伝おうとして、こけて泥まみれになったのだと笑っていた。
もともと、藍零に身分などない。
冠羅(カンラ)という、両性具有が多くうまれる国の出身で、平民だ。
王太子の正妃とするには、あまりに身分が低いという声もあったが、那伊がそれを気にしたことはない。
藍零は、先月月のものをむかえ、両性具有でありながら女性として妊娠は無理だと医者に診断されていたが、その声が撤回された。
那伊王太子の妃は藍零のみ。
他に愛妾もいない。妃は他に娶るつもりはない。

藍零は、一度湖畔に出かけたおりに見知らぬ男たちに汚され、両性の脆さゆえか自我を失いかけた。那伊が全て責任をとると、藍零を抱いた日、藍零は那伊を彼と認識し、元に戻ることができた。
でも、一度体を重ねてしまえば、今までのように歌姫の愛妾としてでは足りなくなる。
藍零を守るために、那伊は藍零を正妃にした。
それは父も母も知っているし、家臣たちにも全て納得させた。反対の意見は多かったけれど、王太子としての身分を使い黙らせた。
家臣や父が他にいくら姫を妃にと勧めても、那伊が首を縦に振ることは永遠になかった。

金色の朝焼けを二人で見つめ、この国をいずれ二人で統治していくのだと、そんな甘い夢に酔いしれた。
両性として生まれた藍零。
いつも、顔を蒼銀の長い波打つ髪で隠していたり、公の場では仮面をつけていたりして、その美貌を夫の那伊以外に見せることは決してなかった。
やがて蒼銀の妃と呼ばれるようになった藍零。

藍零は美しかった。少女のように幼く、傾国の相を持って生まれてきた。水色の、両性では至高とされる色の瞳を持って生まれてきた藍零。
本当なら、那伊は藍零を隠しておきたかった。
誰の目にも、見つからないように。閉じ込めておきたかった。
でも、小鳥は自由を求める。藍零も自由を求めた。
心優しい那伊に、藍零を軟禁することはできなかった。

「一緒に歌歌おう!」
藍零の背中には、本当に真っ白な翼があるのではないかと、いつも疑ったものだ。
純粋ゆえに幼く、無知な藍零。
誰にでも平等に優しい彼女。

夜になれば、歌姫は那伊のためだけに啼く。
両性は、拙いくせに、一度体を開かされられると淫らにもなった。




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