雪月の花に散りたもうB







「いらっしゃいましな」
カラリと、戸をあけて入ると、その人物は酒を随分飲んでいるのか、顔が赤らんでいた。
「なんや、菜春ちがうやないか。ああ、でもいい花魁だ。なんだ、こんな花魁がいたのか。これは明月の廓一の菜春より上だなぁ」
じろじろと、値踏みするような視線。

「ま、近くへ」
白桜はなんの表情も浮かべないで、男に酒をつぐ。
それが仕事なのだ。
酒を飲ませ、舞を踊り、曲を弾き、歌を歌い。そして、一緒に床に入る。花魁なので、まずは最初は話をするだけが慣例なのだが、菜春の上客だ。この廓でも指折りの上客と、白桜は記憶している。
でも、初めて会ったばかりの男と床を共にするつもりは、白桜にはなかった。大分酔っているようだし、このまま飲みつぶれてしまえばいい。
「色子か。女かと思ったが」
白桜を抱き寄せて、その柔らかい肌に手を這わせていると、胸がないことに気づいて、男は笑った。
「色子の花魁なぁ。珍しいもんだ。色子を買ったのは何回かあるが、ここまで美しいのは」

ぐいっと顎に手をかけられて、白桜は冷えた目で男を見返す。
「魔性だな。この顔・・・・傾国の相だ」
酔っていた男は、いきなり白桜の手をひっぱった。
「何なさります!」
白桜の着ていた絹の衣装を思い切りやぶいた。

「いいだろう、な、泊まっていくから」
「初めての花魁とは酒を交わすだけ。その慣わし守ってくだし」
白桜は、破れた胸元をかき合わせた。
「そういわずにな、な」

「俺の挙げ代知ってるか?―――でござんし」
くくっと、白桜は笑った。
魔性だ。本当に、人を惑わす桜の精霊のような。
傾国の美の中性。

その値段を聞いた男は、酔いもさめたように真っ青になっていく。菜春の挙げ代の10倍どころか20倍以上の値段。いくらなんでも、そうそうと払える値段ではない。
裕福な貴族として生まれたその男でも、今はそんな持ち合わせがない。ツケがきくだろうが、そんな値段を払うくらいなら、他の美しい遊女や色子と何十日も楽しめる。
それくらいの自覚はある。
だが。

「やめだと、いうとおもったか。ははは、ばかだな」
男の目が、鈍く光った。
こんな傾国の相を前に、逃げるなんてできるものか。こんな美しい人間は、もうお目にかかることもできないかもしれないのだ。

「何するんだ、てめぇ!」
それまで、花魁として振舞っていた白桜の言葉使いが変わった。
離れになっているこの小屋で、悲鳴をあげても廓までは届かない。それを知ってのことだろう。ようは、この花魁が口にしなければいいのだ。
無理やり、手篭めにしてしまえば。

「やめ・・・・・!!!」
膝を割られて、白桜は真っ白な肌を薄ら明かりにさらして、助けを呼ぼうとしたが、頭が混乱状態だった。花魁として廓にいるのだが、客をとったことは数回。そのどれもがかの鈴慶法王で、肌に唇を這わされただけ。
大切な壊れ物を扱うように、そっと、そっと。
「やだっ!!」
涙を浮かべて、白桜は男を押しのけようとするが、か細い腕では無理だった。逆に男の欲望をあおるだけ。
「なんだぁ?処女か?」
指を這わせただけで、血を流した箇所から続くおかしな感触に、貴族の男ははっとなった。
「な、な、な、お前色子じゃない!?女!?」

指を差し入れた後ろから少し前に手を這わせると、そこに妙な感触があった。女の、それとよくにた・・・・何か。
いや、それそのものか。
柔らかな花弁に再度、男は手を伸ばして、そして唾を飲み込んだ。

「お前・・・・どっちも、あるのか!」
「やめろ、やめろ、いやだあああ!!」
前に男性のものがあるのを確かめてから、再度花弁に手を這わせて、きついそこに指をいれていく。
「やだあ!」
泣き叫ぶ白桜は、ああ、こんなことになるなら、こなければよかったと遠巻きにおもう。
いつかこうなる運命だったとはいえ、それでも法王ですらこの身を汚すことを恐れたのだ。せめて、最初の契りくらい、愛する人としたかった。

「や、だ・・・・・」
無理やり開かされていく体が、重い。愛撫もなしで、男が怒張するものを取り出したのを見たとき、張り詰めていた白桜の意識は、線が切れたかのように泥の中に沈んでいった。

「やだよ・・・・真麻(シンマ)助けて・・・・」
最後に、そういい残して。



長い長い間、意識は波の間を漂っていた。
どれくらい気を失っていたのかは分からない。でも、気がついた時白桜は自分の部屋として与えられた大きな部屋の寝台に寝かされていた。
「どうなったんだ・・・・って」
身を起こすと、血をまた流しだした箇所に気づいて、白桜は涙をこぼした。
顔と名前だけしか知らない男に、とうとう汚された。
もう、これから客をとるしかないだろうなぁ。
苦界へ、いよいよ仲間入り。
菜春には悪いが、苦界に入ることなどないとおもっていたのだ。だって、中性だもの。ばれれば法王が動く。
そう、白桜が客をとって、体を開いたと知ったら。

この国で一番偉い法王でさえ、「奇跡だ」と、肌に唇を這わせたり、口付けするだけだった。
愛撫されることはあれど、体を開く必要はなかった。
「あーあー。何泣いてんだろ。バカみて。俺は色子で遊女なんだから。花魁なんだから。客とって寝て当たり前だろ。当たり前だ・・・・・」
でも、涙は止まらなかった。

外を見ると、朝になっていた。庭の桜が硝子越しに綺麗に咲いて、散っていくのが見えた。
俺もあんな風に散っていくのかな。
いつか、誰かに落籍されて玩具にされて。
桜の花弁みたいに、いつか消えてなくなってしまうんだ。


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