「具合が悪いらしいな」 寝込んでしまった白桜を見舞いに来たのは、真麻という名の青年であった。 真国から留学している、枢機卿になるべくこの鈴国へとやってきた、蒼い目をした青年だ。すっきりとした顔だち、金の麗しい髪。高貴な身分を隠すように、地味な格好をしたりして、明月の廓に時折やってくる。 それは白桜が、心が握りつぶされそうに、好きになってしまった人。 真国の王族で、とても手が届かないような高見の存在が、余計に白桜を酔わせた。 「なんでもない。平気だ」 でも、もう言葉を出すのさえ悔しい。 いつもとは違う飾り気があまりない着物を着崩して、白桜は布団から半身を起こした。 汚されたくないと思っていたのに、あんな客に純潔を―――決して商うことがなかった女を汚された。 「大丈夫。お前は手籠めにされていない。俺が助けた」 「え?」 涙を零しかけて俯いたままの白桜の頭を優しく撫でて、蒼い瞳で真麻は白桜の桜よりも少しだけ紅の強い不思議な色合いの瞳を覗き込んでくる。 「偶然、お前がいた場所の隣の茶室で、お前になんだか会いたくなって、なんとなく時間を潰して茶を飲んでいたんだ」 「俺―――うわああああ!!」 「怖かったんだな」 言葉を失って、ただ真麻の広く逞しい胸に、白粉も塗っていない白い白皙の貌を埋めて、子供のように泣き叫んだ。 男娼として、身を売ったことは今までにあった。 でも、両性として商いをしたことも、それを強制されたことも今までなかったし、汚されるなんて、そんな花街にいて当たり前のことが身に起きなかった、その安堵で泣いた。 「落ち着いたか?」 「ああ」 白桜は、僅かに頬を赤らめていた。白すぎる肌を手で覆って、その頬の赤みを見せまいとしている。 「恩に着る……」 まだ、隣に真麻の体温がある。後ろから抱き寄せられて、白桜は息を止めた。 柔らかい感触が、唇に降ってくる。それを、目を細めてから、目を閉じて受け入れる。沈黙の抱擁。白桜は、乱れた着物を直して、それから何度も礼を言って、真麻とはその日は別れた。 その日、白桜の部屋を菜春が訪れて、こう打ち明けてくれた。 「私、真麻様に落籍されることになったのよ!これで苦界ともおさらばだわ!来年には一緒に真国に戻るの!私は后になれるのよ!王族の后よ!もう誰も、私をバカにしたり見下したりできないわ!」 自慢げに美貌を輝かせる菜春。彼女の幸せは、自分の幸せのようなもの。 でも、心が、壊れてしまいそうにズキリと痛んで、菜春の相手もろくにすることができずに、また何日か寝込んだ。 ―――それから更に数日後。真麻が、また明月の廓を訪れた。理由はある。白桜に会うためだ。菜春に会うためではない。 白桜は、水揚げを宿の主人に依頼して、そしてその相手に真麻を選んだのだ。 真麻と白桜の間の関係なんて、茶飲み友達のようなものであった。接吻を交わすこともあるし、時折抱擁し合ったり、まるで子供のママゴトのような恋愛ごっこのようなことはしていた。 今までと、もう決定的に違う関係になる、今回は。真麻は気づいているのだろうか。白桜が、その花弁を散らしていくほどに、己に恋焦がれているということを。 白い桜を散らしていくほどに、真麻に恋している中性がすぐ隣にいることに。 「何故、水揚げの相手に俺を選んだ?」 すでに用意されている寝具の前に二人は並んでいた。 白桜が着ていたのは、絹の透けた襦袢であった。 僅かな明りに、白桜の体の線が薄く襦袢から透き通って見えた。なんとも扇情的な格好である。白桜なりに覚悟して、用意したものなのだろう。 「そんなに強張らなくていいから。こっちにおいで」 差し出される手を見る。金色に輝く真麻の髪を見て、次に蒼い彼の瞳を射抜いた。 白桜が、泣きそうな目をしているのに、真麻はゆっくりと気づき、彼を抱き寄せる。 「おいで。水揚げをしよう。誰でもない、この俺が」 NEXT |