雪月の花に散りたもうE







ずっとずっと。
あなたに会った時から恋をしてしまった。
でも、花街に恋は禁句のようなもの。相手に恋をしてはいけない。誰かを好きになってはいけない。
だって、所詮どんなに好きになってもむくわれないのだから。だって、相手は客でしかないのだから。

「俺を・・・・・」
白桜は、廓から連れ出してくれた真麻に、自分を落籍してくれと言おうとして口を噤んだ。
何を、相手に無理を言おうとしているのだ。
彼は枢機卿。
花街の色子の身分な自分が、手を伸ばしても届く相手ではない。
花魁にまでなったが、それでも手を伸ばしても届かない。ただの枢機卿ではない。太陽の国と称される大国、真国の王子なのだ、彼は。
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」

初めての逢瀬。
彼は、白桜のことを好きだと、愛しているといってくれた。
でも、それは睦言だけの間の言葉なのだろうか。
あれから、真麻は白桜に愛しているだの好きだの言ったことはない。
この前は、菜春を指名していた。
白桜ではなく、菜春を。

菜春の言葉が脳裏をよみがえる。
「私、真麻様に落籍されることになったのよ!これで苦界ともおさらばだわ!来年には一緒に真国に戻るの!私は后になれるのよ!王族の后よ!もう誰も、私をバカにしたり見下したりできないわ!」
菜春の幸せは、自分の幸せのようなもの。
とても嬉しい。
その相手が真麻でなければ。

「お前さ、俺といて楽しい?」
「は?楽しいから、こうして金を払って連れ出してるんじゃないか」
「そうか」
楽しいのなら、それでいい。
春は何度だってやってくる。
いつか、自分も誰かに落籍されるか、年季を終えてこの花街を出ることだってできる。
きっと。

「あの簪屋にいこうか。新しいのを買ってあげよう」
「ああ」
綺麗な金銀細工の簪や櫛を並べている店先によって、二人揃ってこれがいいだのあれがいいだの、他愛もない会話を繰り返した。
それから、螺鈿細工の櫛を選んで、真麻はそれを買って白桜に与えた。
「ありがとう」
さらさらと、桜の花が散っていく。
シャランシャランと、白桜の髪にさした簪が涼やかな音色を奏でる。

「・・・・・接吻してくれ」
「ああ、いいよ」
真麻に口付けると、彼は白桜を抱きしめて口付けを返してくれた。
幸せなのに。
涙がでそうだ。
だって、全部嘘でできているんだろう?
これは。

あなたが好きなのは菜春。
知っている。
だって、白桜を連れて町をめぐるように、菜春も同じように真麻に連れられて花街を出たことが何度もある。一週間くらい、一緒に旅をしたこともある。菜春と、彼は。

きっと。
あの水揚げ・・・初見世は、同情だ。
わかりきっているのに。
涙がでてきそうだ。

「泣いているのか?」
「いいや。悲しいわけじゃないんだ。桜が綺麗すぎて涙が出るんだ」

桜のように儚い白桜。

「知ってると思うが、菜春を落籍することになった。来年には、生まれ故郷につれていく」

ああ。
言わないでほしい。
せめて、二人でいるこの時間だけは。

「俺は」
「どうした?」
「あんたが、どうしようもないくらい、好きなんだ。世界であんただけを愛してる」


NEXT