雪月の花に散りたもうF







桜の木の下で、どうしようもないくらいにあふれ出た心が言葉になって、真麻にそれを聞かせてしまった。
彼は驚くわけでもなく、穏やかな笑みを返してくれた。
そして、一言。

「俺も好きだよ、白桜。菜春がいなければ、お前を落籍するだろう」

白桜は、桜の花弁を浴びながらその場から逃げ去った。
そして、一晩を泣き明かして、客を真剣にとり始めた。
もう何人目かもわからない客に好きだ、愛していると囁かれて。
その言葉が、声が、全て真麻のものに聞こえて苦しかった。

「もう桜の季節も終わりかなぁ」
大分花を散らせてしまった桜を窓ごしに眺めて、一人で酒を飲んだ。
二十歳という年齢は、若すぎるわけでも老けているわけでもない。色子としては年をとりすぎているが、遊女としては盛りの年齢だろうか。
花魁としての白桜は、色子として売り出していた。
体を開くも、真麻を受け入れた場所に男を受け入れることはなかった。
せめて、女の操だけでもたてたい。花街にいながら、なんてばからしいことを。
でも、客は白桜の美貌に酔い、色子としてでもよいと通ってくる。

「大分荒れているね、白桜」
「おとっさん」
昼から酒を浴びるように飲んでいる白桜を心配して、廓の主人が上着を手に現れた。
「春とはいえまだ寒いよ。そんな薄絹姿では風邪をひいてしまう。両性は病弱なんだから。気をつけなさい」
ふわりと、暖かな上着をかぶせられて、涙が零れ落ちた。
「どうしたんだい、白桜」
「ご法度をしたんだ。客を好きになりました」
「それは・・・・辛いだろうね。添い遂げてあげさせてやりたいが、そうもいかないからねぇ」
「知ってる。最初から。俺はただの色子で遊女なんだから」

自重気味に呟いて、また酒をあおった。

「ほどほどにしなさいよ」
「はい、おとっさん」

あれから、白桜を真麻が指名することはあったが、白桜が断った。
真麻は白桜に会いたがったが、結局いつものように菜春を指名した。

春はあっという間に過ぎ去った。
短い桜の季節。
桜をもした簪をいつも白桜はつけて客をとった。

「あ、あ」
客に、感じてもいないのに声をだして、夢中にさせるために、客好みの体になっていく白桜。
「だんなさん、もっとおくんなし」
欲しくもないのに、男を求める。
あさましい体。
両性は、一度体を開くと淫らになると聞いていたが、本当にその通りだった。疼くのをもてあまして、他の遊女の客を寝取ったりもした。
ただでさえ、両性は美しい。
男を知ってしまった白桜。もう、客をとっていない時でも色気と艶がふんだんにあって、より美しくなった。

「だんなさん、酒のみますか」
今日の客もいつもの上客。
いつものように服をわざと乱して、客がいる間に入ると、その後ろ姿に抱きついた。
「・・・・・・・・・・・・どうして、くるんだよ」
「お前が気になって仕方ないんだ。俺のせいか。お前がこんな風に花魁として客をとり、乱れていくのは」
「違う。お前のせいじゃない。自惚れんなよ」
白桜は、いつもの上客じゃないのに気づきながらも、その背中に額を押し付けた。
「お前はただ、水揚げをしただけ。最初の相手がお前でよかったとおもってる。年季は長いし、俺を落籍できるような相手はそうそういないから。だから花魁を続けている。それだけだ」
「もう夏だな」
「そうだな」
「愛しているといえば、お前は泣き止んでくれるか」
「ああ、泣き止むさ」
零れ落ちた涙を吸い取られて、二人はそのまま床に向かった。
乱れる衣服をお互いに剥ぎ取って、寝台に転がると何度も深い口付けを交わした。

「お前をこんな風にしたのは俺のせいだ」
「違う。俺が花魁だからだ。色子だから。遊女だから。両性だから」
「白桜」
「抱かれるのがすきなんだよ、俺は」
白桜は、悲しそうに真麻を見つめた後、彼を抱きしめて、流れ落ちる涙をそのままに、このまま消えてしまいたいと祈った。



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