星の砂「砂漠の砂」







「ロックオン・・・・これが、欲しいです」
ティエリアが、雑誌にのっているものを指差した。
それは小さなオルゴール。星の砂という、星の形をした特殊な砂を集めて砂時計にしたものとオルゴールが合体した、可憐な作りの、いかにも女の子か子供向けといった作りのデザイン。

ティエリアは女の子ではない。ロックオンの恋人ではあるが、その性別は中性。
女性化しているが、女の子ではない。
でも、ロックオンの中でもトレミーの皆の中でも、ティエリアは女の子だった。その存在が、かわいさが、美しさが。性格は男性を基盤にしているが、一人称を僕から私にかえるだけで、より女の子らしくかんじる。強さを同時に感じるが、でも繊細で優しい。
「いいよ。買ってやるよ」
「ありがとう」
本当に嬉しそうに、ティエリアはあどけなく微笑む。
本当に17歳なのかと思うような表情。もっともっと、幼いのではないかと思いたくなる。

星の砂のように、いつまで綺麗でいてほしい。
いつまでも、いつまでも。
どうか、壊れないで。どうかどうか。
神様、この幼い天使を守ってください。俺の分まで。

次の日、ドクター・モレノの呼び出しがロックオンの元まで届いた。
ティエリアを連れてこいというのだ。珍しいこともあるものだなと、ロックオンは思った。ドクター・モレノから呼び出しは普通ない。ティエリアが、定期健診の時はちゃんと呼び出される前にいくし、精神分析の時もティエリアに声をかけてロックオンを通してはいかない。
ティエリアは、ずっと星の砂のオルゴールの写真を見つめていた。
ああ、早く買ってあげよう。
こんなに欲しがっているんだ。買ってあげれば、ティエリアはきっとにこりと微笑んで喜んで、キスしてくれるに違いない。そんなほんわりとした甘酸っぱい思いを抱きながら、ティエリアをドクター・モレノの診察室に届ける。
「ストッパー解除は失敗した」
診察室の奥にあるメディカルルームに呼び出され、ティエリアは椅子に腰掛けながら、暗い面持ちのドクター・モレノに聞き返す。
「どうして?」
「解除できたはずだったんだ。だが、無理だった。お前さんの脳には、それができない仕組みになっている」
「僕は、どこまでもイオリアのいいなりか・・・・・」
悔しくて、ティエリアは涙を零した。滲む涙の向こう側、窓の外に浮かぶ宇宙を見上げる。
創造主イオリア・シュヘンベルグ。
かつて、ティエリアは彼の元で女性としての人格を形成して、生きていた。今生きている何百年も前に、目覚めていた。イオリアが計画のために生み出した、人工生命体。新人類。それがティエリア・アーデ。
類稀なる美貌も、その頭脳も、そしてマイスターとなるべき資質とヴェーダとリンクできるという特殊能力、その他全てはイオリアによって与えられたものだ。祝福された神の子、天使。イオリアは、ティエリアの中に天使をを夢見ていた。肩甲骨にGN粒子の光を放つ天使の翼の刻印を刻むなど、それは願望として現れている。
天使なんて、この世界のどこにもいるはずがないのに。
それでもイオリアは夢見た。この天使が世界を変えることを。変革することを。わざと性別を与えず、中性という生きるにも難しい生物学上自然にはありえないようにまで作って。
「無理に解除すれば、お前さんが壊れる。最近の精神分析の結果だが、思わしくないな」
「そうだね・・・・・」
まるで他人事のように、ジャボテンダーを抱きしめて、涙を振り払って地面を見つめていた。
「いいのか?ロックオンに告げなくて」
「言わないで。彼にだけは、言わないで」
「そうか。なら言わない」
「ありがとう」
ドクター・モレノは最近の精神分析の結果の書類を、全てまとめてシュレッダーにかけた。
ミス・スメラギには虚偽の申告をしている。
ティエリア・アーデの専門医をしている者としてあるまじき行為ではあるが、それがティエリアのためになるのだ。
ティエリアは壊れ初めている。精神と体のバランスがとれていない。精神がどんどん幼くなってきている。
まだ今は、強化硝子に罅が入った程度。でも、いつの日かその罅は全体に広がり、硝子は薄く薄くなって、音をたてて崩壊してしまう日がくるだろう。
それでも、ティエリアは望む。マイスターであり続けることを。世界から戦争を根絶することを。なぜなら、私はそのためだけに生まれてきたのだから。そのためだけに命を与えられたのだから。
「本来なら・・・・専門の病院に入院してリハビリと脳の外科手術だろうな」
「だろうな。僕の場合は脳内ネットワークが特殊だから。脳の外科手術をしたところで、完治するかどうかも分からない」
「そうだな。完治できるとは、医者の俺がいうのもなんだが・・・最悪、悪化もありうる」

誰にでも愛されるおもしろおかしいティエリアの幼い部分は、砂漠の砂だ。オアシスのようにみえて、全てが砂で覆われて、風が吹けばまた形をかえて砂は広がっていく。どんどんと緑を侵食して、砂漠にしていく。
「ヴェーダとリンクはできたか?」
「少しだけ。ヴェーダとリンクする部分の脳が劣化している。いずれ、完全にリンクできなくなるかもしれない」
「それでも、お前さんは・・・・ロックオンを愛し続けるのか?」
そう、ティエリアの脳が劣化し、壊れていく最大の原因はロックオンにある。ありえないはずの主の上書きをうけたティエリアは、イオリアの呪縛から解放され自由になった。愛を手に入れたのと同時に、約束されていたイオリアマスターによる、生命としての未来を失った。
 



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