エリュシオンの歌声I







聖神殿への扉は、内側から開いた。
「マリナ姉様!?」
気配を感じ取って、ティエリアが顔をあげると、イスマイール帝国の神の巫女姫と名高いマリナ姫がそこにいた。
「ティエリア・・・・良かった、無事だったのね」
側には、マリナだけの騎士、刹那という少年が控えていた。
マリナは涙を零して、ロックオンの腕の中にいるティエリアに近づいて、そっとその手をとった。
「父様が・・・カール公国を攻めると聞いて、まさかあなたの身にまで危険が及んでいるのではないかと」
「それは・・・・姉様、私は・・・・・戒律を・・・・」
「いいのよ。何も心配しなくていいの。神託が下ったのです。あなたが、エリュシオンの扉を開けるためにやってくると。神殿を守っていた父様の息がかかった騎士たちは首都に帰しました。ここにいるのは、聖職者たちだけ。あとは、聖騎士のみ。彼は刹那。私の聖騎士です」
マリナの紹介され、まだ16、17歳ほどの少年は聖騎士の格好もしておらず、けれど持っている剣は確かに聖騎士のものだった。
「マリナに危害を加えることは許さない」
「刹那。大丈夫だから、控えていてちょうだい」
「承知した」

奥へ奥へと案内されると、リジェネがいた。
「やぁ、ティエリア。男とかけおちしたって本当だったんだ。戒律破って・・・・まぁ、いいんじゃないの?」
「兄様」
「この男・・・・どこかで、見たことあるような気がするんだけど・・・・まぁいいか」
ロックオンは、剣でリジェネを切り捨てることを必死で堪えていた。皇族の一員でもあるリジェネの側仕えとして働いていたロックオンの両親は、盗みのあらぬ罪をきせられ、リジェネの機嫌を損ねて極刑となった。
その恨みを忘れたわけではないけれど、今はティエリアを守るのが第一だ。

リジェネとマリナ、それに聖騎士の刹那と共に聖神殿の奥へと通される。
本当に、他には誰もいないようだ。
他の聖職者は自室で待機しているのだという。


「扉・・・・エリュシオンへの、扉・・・・・」
大きな神話のリレーフが施された扉を見上げて、ティエリアは背中の白い翼を広げて、ロックオンの手の中から飛び立った。
「ティエリア!?」
「この扉は、奇跡の力をもっています。ティエリアの不自由な体も、エリュシオンの扉が近くにあればないのです」
ティエリアは、扉にそっと手をかけると、目を瞑って、歌い出す。


エリュシオンへの扉は今開かれる
私は人を愛してしまったから
戒律を破りし天使は堕ちていく
神の楽園よ開け 私を自由にするために
神の楽園へと続くエリュシオン さぁ開いて 私は自由
になりたい


リジェネが呆れた声を出す。
「綺麗だけど・・・なんて歌詞だ。でたらめの歌じゃないか。即興のものを歌っても、エリュシオンの扉が開くはずないよ」
リジェネはばからしいと、双子の片割れを憐れんだ瞳で見たあと、驚愕した。

今まで誰も開くことのできなかったエリュシオンの扉が、かすかに開いたのだ。
「そんなばかな!」
「もう少し・・・もう少し・・・・」
ティエリアは歌い続ける。

エリュシオンへ誘いたまえ
神よ人々を導きたまえ
エリュシオンの歌声が楽園への扉をあける
エリュシオンの歌声だけが楽園へと導く

喉から溢れる歌声は透明すぎて、リジェネもマリナも刹那も、そしてロックオンでさえも涙を流していた。
そして、きづくと完全に扉は開いていた。


ようこそ、エリュシオンへ

そんな声が聞こえた気がした。

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