残酷なマリア「愛した人」







できない。
目の前のロックオンの記憶を奪うことが、できない。
「どうして・・・どうして・・・・私は、マリアナンバーズだ、愛なんてどうでもいい、守るべきは」
首を振って、ロックオンから目を逸らす。

ティエリア・アーデが心から愛した青年。
ロックオン・ストラトスもまた、ティエリア・アーデを心から愛してくれる。
陽だまりのように居心地がよかった、恋人としての場所。それを消し去り、自分から別れを告げなくてはいけないのに。
「どうしてできないんだ・・・・私は・・・・僕は」
ベッドのシーツに爪をたてて、ティエリアは逡巡した後、言葉を紡いだ。
「鎮まれ、我の中のマリア」
エメラルド色に耀くオーラが急速に消えていく。ティエリアの中に吸い込まれ、核の中に眠っていく。
「僕は、僕は・・・・」
ガーネット色の瞳が、ロックオンを見上げ、それから両手でロックオンに抱きついていた。
いつものように、自分のことを「僕」と呼んでいた。強がる時は「私」と一人称を変えるけれど。

「僕は、ずっとあなたを、利用していました。あなたの恋人として。あなたを利用していた。そんな僕を、あなたは許してくれますか?」
きっと、答えは決まってる。
ロックオンは、とても優しいから。
彼がいう言葉は、やはりティエリアの予想通りだった。
「許すよ。俺が許す。利用される愛だってあるだろ?互いが愛し合っていれば、それでいいじゃないか」
耳に馴染んでいく優しい声。
向けられるエメラルドの瞳は、エーテルのオーラより鮮やかで耀きが強い。

「僕は、このままでいたい。あなたの側に、ずっといたい・・・」
「いればいいよ。このまま。俺がお前を守るから」
使徒から、彼がティエリアを守ることなんて不可能だろう。でも、彼の言葉は真実であるように思えた。
きっと、彼なら自分を守ってくれる。
運命からも、使徒からも、そして永遠に連鎖する孤独からも。
マリアナンバーズとしての責任を放棄するわけではないけれど、けれどこれは背徳をティエリアに感じさせた。責任を半ば放り投げるような感じで、人間と愛し合う。

他の世界に転移したマリアナンバーズたちはどうなんだろう。恋人に紛れ、記憶を封印している間は恋人同士として仲良く振舞うだろう。けれど、一度覚醒してしまえば、一度周囲の者の記憶を消去して、また違う居場所を求めて彷徨うだろう。
覚醒してなお、その世界の人間と愛し合うなんて、滑稽でしかない。

任務はどうなるのだ。マリアナンバーズとしての任務、責任・・・・。
マリアナンバーズたちの自我は、個体のどれもが類似したパターンを持っていて、転移した世界の人間や異種族を、利用するだけ利用して、そこに真実の愛など存在しなかった。
そう、全ては記憶操作によって生み出された幻想の愛。
初めから存在しなかった愛だ。
ただの幻、作り物の愛。その上で成り立つ恋人という関係。友人や家族も同じだ。

でも、ティエリアは、この愛が作り物ではないと実感していた。
自分は、もしかしたら変異体なのかもしれない。マリアナンバーズとしては欠陥品だ。あろうことか、オリジナルマリアの肉体を得て、核を二つも所持しているというのに。
欠陥品の不良品。心のある兵器ほど、不安定なものはないだろう。
マリアナンバーズに、人間らしい心など不要なのだ。それに似たものはもっているけれど、全てはプログラミングから生まれた人為的に与えられた精神。

人と愛し合い、馴れ合うことなど不要になった時、他のナンバーズであればきっぱりとその愛を拒絶し、消し去るだろう。
でも、ティエリアにはそれができなかった。

ガーネット色の瞳に映る光景が、涙で歪んでいく。
「不良品でも欠陥品でもいい・・・オリジナルマリアには申し訳ないと思う。でも、僕は、あなたと出会え、こうして側にいられることが何よりも幸福なんです」
「ティエリア」
「そう、まるで太陽だ、あなたは」
「じゃあ、お前さんはお月さんな。互いの存在なくしてはだめなんだ」
「愛していると、もう一度言ってくれますか」
「何度でもいうよ。お前だけを愛してる。世界中で一番」
頬に添えられたロックオンの手に白い手を重ねて、ティエリアは瞳を閉じる。
「僕も、あなたを愛しています。これは偽りじゃない、真実の愛だ。僕という人格が17年間かけて築きあげた、あなたとの愛」
「そうだぜ。もうすぐ18だな。結婚、しような」
「はい」
ティエリアの指には、婚約指輪が光っていた。
エメラルド。
ロックオンの瞳と同じ色の、綺麗な宝石はどこかエーテルのオーラを思い出させる。

愛は形をもたない。でも、それでいいのだ。刻々と変化する心に似ている。

「デート、しましょう」
「今からか?」
「いえ、今日はもう遅いし・・・明日、そう、あなたの故郷のアイルランドに行きましょう!」
「また、突然だな」
「あなたの庭の忘れ名草、咲いたかな?」
「ああ、ティエリアが種をまいたやつか?毎年、綺麗に咲いてるぞ・・・そういや、今満開かな」
「それを見たいです・・・・あと、桜も」
「桜も見れると思うぜ。品種改良が進んで、春でなくても咲いてるから。アイルランドに、有名な桜並木が並んだ公園があるんだ。デート場所は、そこで決定だな!」
「じゃあ、僕はお弁当作りますね」
「俺も手伝うから」
もともとティエリアは手料理が苦手だ。
でも、愛するロックオンのために料理教室にまで通って、腕を磨いた。
今では、普通の料理くらいならなんとか作れる。

「明日が、楽しみですね」
「ああ、そうだな」

その夜、二人はいつものように、同じベッドで丸くなって眠った。
時折ティエリアは目覚めて、ロックオンの鼓動を聞いてはそれに心を癒され、また眠りにつく。
ロックオンは、目覚めると、ティエリアの髪を撫でて・・・・一言、謝るのだ。
「ごめん、な」
ロックオンが、ティエリアに何を謝っているのか分からなかった。
ただ、ロックオンはとても寂しそうな瞳をしていた。



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