残酷なマリア「アベルとカイン」







「だ、そうだよ。アベル」
高層ビルの屋上で、黒い翼を広げたリジェネが、アベルに話しかける。
「・・・・・・・なんとかなると、思ってる?」
アベルはゆっくりと立ち上がった。

「エーテルの結晶の塊は、集合的意識を生み出す。けれど」
「けれど?」
「そこに生まれる意識に、もしも、もしも命としてのエーテルを吹き込んでみたら?」
ルビーの瞳は、遠くを見ていた。
「何それ・・・・アベルは、そこからティエリアの恋人が蘇るとでも?ああ、でもアベルになら・・・・」
アベルは首を振る。
「俺は、ロックオンをそこまで知っているわけではない」
「じゃあ、誰が?まさか」
「ティエリア本人が」

「でも、そんなことするわけないだろう?あいつはマリアナンバーズのしかもオリジナルマリアだ。集合的意識を生み出すエーテルの結晶なんて・・・・ああ、オリジナルマリアの持っていた一番大きな結晶。あれなら、いくつかの結晶、つまりは誰かの核を添えるだけで、集合的意識を生み出すだろうね」
アベルと呼ばれた青年は頷いて、リジェネの隣に座る。
リジェネと同じ真っ黒な翼を広げて。とても巨大な翼だ。

彼は、核なしで動ける黒天使にまで昇格し、そのあと皇帝にまでなった。先代皇帝だ。
その地位を捨て、自らまたマリアナンバーズに戻った。身のうちに抱える結晶の数は7。

「アベルは、自分の結晶をあげるのかい。哀れなオリジナルマリアに。だって、アベルが持っているんでしょう、オリジナルマリアの結晶」
アベル・・・いや、真紅の瞳に黒い髪をした青年、この世界では刹那と呼ばれている者は翼をゆっくりと折りたたんだ。

「俺がしなければ、他のマリアナンバーズを狩って、結晶を集めるつもりだろう、カイン?」

アベルとカイン。
有名な名前だ。宗教上で。

「は・・・・そこまで、お人よしじゃないよ、アベル。カインって呼ばないでくれる?別に、僕は君に殺された弟じゃないんだから。僕の名前はリジェネ」
「じゃあ、俺をアベルと呼ぶのも辞めたらどうだ。俺は刹那だ」
「この世界に転移して・・・・人間に転生したのに、やっぱり覚醒したね」
覚醒とは、イノベイターとしてだ。
「仕方ない。エーテル力がありすぎる」
「ふーん・・・・で、ティエリアは?ってか、エーテル力弱まってない?あー、さてはもうオリジナルマリアの結晶与えた?」
「さぁ?」
刹那は目を閉じた。

「刹那の可能性を信じろ。そう、可能性にすると単位にしてと10-18(100京分の1)という天文学的な数字、それが集合的意識から、命のエーテルを吹き込んで命が蘇る奇跡の可能性」
「うわお、ほんとに天文学的な数字だね」

でも、きっとティエリアなら。
やり遂げる。
そんな気がした。

きっと。

アベルとして生き続ける刹那は思う。
種族をこえても愛し合える心があれば、最初からあの世界エンジェリックカオスに、争いなど生まれなかっただろうと。
また、あの世界はアダムとイヴの種を巡って争っている。
きっと、今の皇帝たちは集合的意識のことを知っているだろう。
知らなければ、エーテル力の塊であるだけの核をもつマリアナンバーズなど、放っておけばいいのだ。
あの世界には、いくらでもエーテルを集める方法がある。何も核であるアダムとイヴの種を使わなくても、黒天使のエーテルを結晶化させて使えばいい。
無から生まれ無へと帰る集合的意識。
下位領域内の虚数領域を脱した実数領域的となった刹那には、理解できるような気がしないでもない。
高次元存在と化した者は、下位存在を支配するか支配できないのであれば、無に返そうする。
神の力、エーテル。
それは、使う者によっていくらでも可能性が生まれるもの。

そう、いくらでも。

**************

「カイン」
刹那は、最後にリジェネをそう呼んだ。
「なにさ」
「いや・・・お前も変わっていると思って。マリアナンバーズである俺を狩ろうともしない。ティエリアも狩らなかった」
「あんたは別だろ・・・・元皇帝なんて狩れるかよ。秘めてるエーテル力がでかすぎるんだよ。返り討ちだ」
アベルでもある刹那は笑う。
こんな風に、敵同志でも、馴れ合い、そして話し合えば分かり合えることもできるのに。
あの世界の天使たちは、それを選ばなかった。
何が「我ら偉大なりし神の御子なり、我ら上位存在は下位存在を導くものなり」だろうか。むしろ、下位存在なのはあの世界に存在する天使たち、そのものではないだろうか。

 




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