マリアの微笑み「10年という歳月」







「愛する人に、言ってあげられなかった言葉。言ってあげなさい」
今でも耳に残っている言葉。

でも、今更伝えてどうなる?
この世界で俺は死んで10年も経っている。そりゃ、人間関係が大きく変わって当たり前だ。
かつてはあんなに愛し合ったのに。
ティエリアは俺だけのものだって、信じてた。
俺だけを愛してくれるって。

でも、現実ってしょせんこんなものなのだろうか。

そう、伝えられなかった言葉。
何度でも大好きっていったけど、ティエリアにまだ言っていなかった。
ロックオンは、ティエリアに「愛している」と、その一言をただの一度きりも言わずに逝ってしまった。

「何のために、俺ここにいるんだろうな?」
「それは、俺も知らない」
刹那は、部屋を出て行った。
入れ替わりで、ドタバタと、廊下を走る大きな音がした。
「起きた?パパの、昔の恋人の人!」
9歳くらいだろうか。
あどけない、ティエリアそっくりの顔をした少年が、ロックオンいる部屋に入ってくると、ロックオンの着ているパジャマをひっぱった。
「あててて・・・・なんだ?」
「僕、マリア!」
耳の奥で、マリアという言葉を反芻させる。

ああ、そっか。
この子は。

刹那の瞳のように赤い、真紅の瞳。
髪は茶色だ。

この子は、きっとティエリアと刹那の間にできたという子供だ。
くりくりした目は刹那に似ている。容姿はティエリアそっくりだけど。少女のように見えるが、元気のいい少年だ。
まだ幼すぎて、まるで小さいティエリアを見ている気分になってくる。
「その、パパの昔の恋人の人って?」
聞き返してみると、マリアと名乗った少年は、ベッドにぽすっと座ると教えてくれた。
「刹那パパの昔の恋人。ママがいってた。ロックオンと刹那パパは爛れた関係だったんだって。爛れた関係って何?」
聞き返されて、ロックオンも聞き返した。
「爛れた関係ってなんじゃーー!!」

刹那のことは弟のように大好きだった。愛情を持って接していたけれど、この子供が指差す「爛れた」つまりは肉体関係とかを伴った恋人同士になったことは一度もない。
そりゃ、トレミーにいた頃は年少組のティエリアと刹那を見ては何度も鼻血をふくような、変態と言われるような存在であったけれど。
はっきりと、清い関係であったとは断言できる。多分。
ちょっと構いすぎな感じではあったかもしれないけれど。

「なぁ、マリアだっけ。お父さんの名前は?」
「刹那!」
「じゃあ、お母さんの名前は?」
「ティエリア!」
元気よくはきはき答える子供に、ロックオンは頭を抱え込んだ。

ああ、やっぱり。
この世界で、俺はただのお荷物でしかない。
平和になった世界で、なるべくしてたどり着いた二人の恋人の間をかき回す、うるさいだけの存在。

マリアは一頻り興味深そうにロックオンと話をした後、廊下を音をたてて走り去っていった。

マリア。
そう、覚えている。
「愛する人に、言ってあげられなかった言葉。言ってあげなさい」
そう言って、宇宙で眠っていたロックオンを起こしたのもマリアという名前だった。存在は全く違うけれど。
何かが、まるでパズルのピースのように繋がっている気がする。
ふと、自分の手足を見る。
本当に、昔と変わっていない。
出撃する前の、いつもの衣服がベッドの横に折りたたまれて置いてあった。
「なっつかしいなー、この服」
いつもの私服に着替え、そして皮の手袋をはめた。

ロックオンの指には、ティエリアとお揃いのペアリングがはめられたままだった。
それに気づいて、ロックオンはペアリングを外した。
もう、こんなものに意味はない。

指輪を外すと、ズボンのポケットにしまいこみ、そして部屋の外に出た。
わりと広い家だった。リビングルームでは刹那が新聞を読み、マリアの話し相手をしていた。
「その、わるいな。服まで・・・・」
「その服は、ティエリアがあんたの形見としてずっと持っていたものだ」
「え」
小さな沈黙が落ちる。

確か、俺が死んでから10年。
10年もの間、この服を持っていてくれていた。その心だけでも、ロックオンは満足だった。

「は、やべ・・・・俺ってこんなに涙腺脆かったかなぁ」
零れそうになる涙を我慢する。

もう、戻れないんだ。
あの頃には。
ティエリアを愛し、愛されていたあの頃には。
 




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