青春白書5







「すみません、遅れました。アレルヤと申します。ティエリア・アーデの保護者です」
アレルヤが実際にティエリアの保護者となれたのは、今年に入ってからだ。未成年に未成年の保護者はできない。それまでは父親が実質的な保護者となっていた。
籍は、リジェネの両親の元にあるし、親権も向こう側がもっているが、あちらの両親はティエリアのことなんて、本当にただ疎むだけの存在としてみていただけだ。
世間体を気にした両親が捜索願を出していたため、ティエリアは警察に保護された。そうでなくとも、保護されただろう。不良グループの仲間に入り、中学生でありながら家に帰ることもせず、学校に通うこともせず、ただ不良グループの友人の家をわたりあるく。
アレルヤの家にやってきたティエリアは、荒んでいた。とても美しかったが、誰にも心を許すことはせずにしゃべりもしない。威嚇しているかと思えば、暗がりと閉鎖空間を嫌い、怯えていた。
病弱で、よく貧血で倒れたり、熱を出した。右手首をリストカットする癖が、その時にはすでについていた。今でも時折リストカットする。悩みを聞こうとしても、打ち明けてくれない。
精神科医のところにつれていったが、全く効果はなかった。それどころかリストカットが酷くなって、連れて行ったことを後悔したくらいだ。
アレルヤが傍で見守ることが多くなってから、次第に安定しだした。
一緒に暮らしていた頃は、リストカットなんてなくなっていた。だけど、いつからだろう・・・また再発したのは。そうだ、マリーと出会わせてからかもしれない。ティエリアは同性の友人がいないため、友人になってあげてくれとマリーに頼んだ。マリーに対して、ティエリアは言葉を交わすこともせず、またリストカットがはじまった。
余計なことなんてしなければ良かったと思った。
ティエリアと一緒に過ごす時間を多くとった。「君を守るよ」といったときの、ティエリアの笑顔が今でも忘れられない。あんなに綺麗に笑えるのだから、もっと笑ってほしかった。
アレルヤは知らない。ティエリアが、アレルヤを愛していることを。異性として恋をしていて、マリーの存在がショックだったことを。ティエリアは、アレルヤが自分だけのものと思い込んでいた。自分を守ってくれる存在で、他人に奪われたりしないと思っていた。その分、彼女であり、婚約まで誓っているというマリーという女性の存在はティエリアにとって衝撃的だった。

アレルヤが出会った保健の先生は、前と代わっていた。
「ニール?」
アレルヤにはすぐに分かった。
「やっぱり、アレルヤか」
ニールは再会を喜びはしたが、でも今は今までどうしていたとかそんな話を出す場面ではなかった。
保健室に案内し、椅子に座るように進めて、現状がどうであるかを確認するためにニールはアレルヤと会話を進める。生徒の心のケアも、保健室の先生の大事な仕事だ。
「このティエリアって子、精神科医には診せたか?」
「診せたよ。でも逃げ出したりして。リストカットが酷くなって、やめた。何か悩み事があるときは僕が聞くようにしてる」
「リストカットは、まだやってるのか?」
「1ヶ月前に、1回。理由は分からない。どうしてするのかって聞いても、答えてくれないんだ。でも、昔みたいに頻繁じゃなくなった。傷も浅い。僕が婚約者を紹介した時が、一番酷かったね。学校も不登校になってたし。彼女と一時的に別れてずっと傍についていたら、次第に回復した。学校も行くようになった。でも、刹那がいうには同性にいじめられてるらしい。そんなこと何もいわないから、この子」
「刹那って子と同居してるらしいな」
「あ、うん。ティエリアが同居したいって言い出して。僕はティエリアを放っておけないから、一緒に同居することにしたんだ」
「両親から虐待されていたのが、リストカットの最大の原因だろうけど・・・。あ、これ刹那って子から聞いた話な」
「刹那から聞いたんだ?」
「ああ。いじめられてるかもしれないとか、そこらへんも聞いた」
「こんなにいい子なのに。ティエリアの過去のこと、教えるよ」
アレルヤは、ティエリアが両親から虐待されていたこと、父からレイプ未遂を何度もされたこと、そしてついには家出をして不良グループの仲間に入り、その中の友人の家を点々として最後に警察に保護されたこと全てを話した。
「暗闇とね、閉鎖空間が嫌いなんだ。子供の頃、ティエリアは母親にしつけとしょうして、暗い地下室に閉じ込められてたんだって。そのトラウマかな」

「アレ・・・・ルヤ?」
「ティエリア?起きたの?」
「アレルヤ。いやだ、話さないで。僕の過去、話さないで。知っていいのは刹那とアレルヤだけだ」
「俺は、新しく赴任してきた保健の先生だ。悩みがあるんだろう?先生に話してごらん」
ニールは優しくティエリアに近づく。
ティエリアは、ベッドから降りるとフラついた足どりでアレルヤの背に隠れる。
「イヤ。あなたなんて嫌い」
「ティエリア、だめだよそんなこといっちゃ」
「いらない。アレルヤと刹那以外いらない。あなたなんて嫌い。嫌い」
アレルヤは怒ることはせずに、ティエリアを抱き上げた。
「だめだよ、そんなこと言っちゃ。熱が高いから、今日は家に帰ろうね」
「アレルヤ、ずっと傍にいてくれる?」
「うん、いるよ」
「アレルヤ、大好き」
「いい子だね。帰ろう」
「うん」

アレルヤは、ニールに耳打ちする。
体調が悪い時のティエリアは、とても幼いのだと。
そのまま、アレルヤはティエリアを抱いて、車の後部座席に乗せると自宅へと戻った。

「俺は嫌い、か・・・・」
ニールは見送りをしながら、一人で呟いた。



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