青春白書6







それからティエリアは三日間にわたり欠席した。
熱がなかなか下がらなかったのだ。医者が嫌いなティエリア。病院に連れて行くこともできない。
自然のままに体調がよくなるのを待った。アレルヤは大学がある日はちゃんと行って、帰ってくるとティエリアの看病をした。刹那もティエリアの看病をする。
中学2年の冬、警察に保護されてからティエリアは刹那と知り合い、友人となった。
アレルヤ家に引き取られたティエリアは、転校した。その転校先で、刹那と友人となる。
刹那も複雑な家庭事情を抱えて、よく頻繁に家出を繰り返していたと聞いたのがきっかけだった。それまで、ティエリアには上辺だけの存在で、不良グループの仲間以外、友人といえる存在がなかった。同じく、孤立していた刹那。どこか自分に似た存在。ティエリアは刹那の親友となる。

アレルヤは、ニールを自宅に呼んだ。つもる話をしながら、再会を祝う。次の日は連休だったので、ニールは刹那の自宅に泊まることになった。
「アレルヤ・・・・?」
ティエリアはやっと熱も下がって、廊下に出る。
「アレルヤ、傍にいて!」
そこですれ違ったアレルヤと思った人物に思わず、いつものように抱きついた。
「ごめんな。おれアレルヤじゃないんだ」
「あ・・・・」
優しく頭を撫でてくる人物は、アレルヤと同じくらい背が高かった。
「保健室の先生?どうして?」
「アレルヤの幼馴染。ほれ、足元がふらついてるぞ。まだベッドにいないと。無理して起き上がるな」
ニールはティエリアを抱き上げて、部屋まで連れていくとベッドに寝かせた。
「アレルヤは?刹那は?」
「リビングルームにいる。今日は泊まることになったから」
「そう」
ティエリアは、保健室の先生をじっと見つめた。

アレルヤの幼馴染。アレルヤの友人。アレルヤの・・・・特別。

「なぁ。なんで、リストカットするんだ?」
「そんなの、あなたには関係ない」
そう言ってのけたが、ニールは左手首をティエリアに見せた。
そこには、ティエリアの右手首にしたリストバンドの下のような傷痕があった。
「俺な、両親と妹をテロで亡くしてるんだ。それから・・・親戚に引き取られて、そこで過剰なしつけ・・・いわゆる虐待にあった。他に行き場所もなくてさ。新しく親となった相手と何度もケンカして。虐待がばれて、違う親戚に引きとられたけど、やっぱりそこにも俺の居場所はなくてさ。自分はなんで生きてるんだろうって思って、中学生の頃に手首切ったんだわ。まぁ傷そんなに深くなかったけど。それから、ストレスがたまると発散のためにリストカットした。今思えばバカなことしたなぁって思う」
「・・・・・・・・・」
ティエリアは泣いていた。
「なぁ、俺なら話せる?」
「・・・・・・・・・・うん」
何度も涙を零して、それからニールの優しい顔を見て、小さく頷いた。
ニールはティエリアの頭を何度も優しく撫でる。
その手に手を重ねて、ティエリアは泣いていた。
「僕も、虐待にあっていた。生まれた頃からずっと・・・・アレルヤと会うまでずっと13年間。父親からは何度も強姦されそうになった。生きているのが辛くて、リストカットした。この縦の傷。意識不明の重体になって、でも助かって・・・」
「うん。辛い?ゆっくりでいいぞ」
「・・・・・・・」
ティエリアは、ベッドから半身をおこしてせきこんだ。
ベッドに座ったニールが、ティエリアを抱きしめる。ティエリアは、ニールにしがみついて、泣き続けた。
「・・・・・・・・意識を取り戻した時、両親がいったの。お前なんてこのまま死ねばよかったのにって。せっかく生命保険かけてるのにって・・・・。僕の命はお金以下なんだ」
「ひでぇな」
流石のニールも、眉を顰める。同じく虐待にあってはいたが、そこまで酷く言われたことはなかった。死にたいと思うほどに虐待を受けていたわけでもない。でも、このティエリアという少女は生れてから13年間ずっと虐待されて育ってきたのだという。
「・・・・・それから家に帰らなくなって・・・・」
不良グループに入って、そこのリーダーの女性と親しくなって、姉のように優しく接してくれたのだという。不良グループは、みんなティエリアのように両親がなんらかの問題を抱えていたり、いじめられていたり・・・社会にうまく溶け込めなかったり、とにかくなんらかの問題を抱えた者たちの集まりで、そこにいると皆、仲間を大切にしていて、ティエリアはやっと自分の居場所を見つけたのだと思った。でも、長くは続かなかった。警察に保護されて、もう終わりだと思った。またあの家に帰らなければならないのだと思った。
両親はティエリアを引き取ることを拒み、親権はもったままだったが、遠い親戚のアレルヤの家に引き取られた。アレルヤと出あった。それが、ティエリアにとっては運命の出会いだった。
アレルヤがいるから生きているのだと思う。そうティエリアは語る。
「時折、どうして生きているのかバカらしくなってリストカットする。でも、他に意味があるんだ。アレルヤは、ずっと僕だけのものだって思ってた。婚約者だって彼女を紹介されて・・・・僕は、また手首を切った。アレルヤがいつの間にか僕の全てになっていた。彼の気をひくために、リストカットする時がある。・・・アレルヤが彼女と別れてしまえばいいのにって思う。そんな自分が嫌で・・・・自己嫌悪に陥って、またリストカットする。そんな繰り返し・・・・僕なんて、アレルヤに相応しいはずないのに。刹那にだって、相応しくない。僕は最低の人間」

「じゃあ、俺も最低の人間」
「え?」
「お前の気持ちよく分かる。リストカットはじめてしたとき、親が凄く優しくなってくれて。傷をつければ、親は優しくいてくれる。周囲の人間が自分を特別扱いするって思った。そんな俺も最低だろ?」
「僕は・・・・」
「アレルヤの特別でありたかったんだろ?」
「・・・・・・・・・うん」
「大丈夫、十分特別だよ。それでも満足いかないのなら・・・・自分だけに特別な人間が欲しいなら、お兄さんに相談しなさい」
「あなたに?」

「俺が、お前さんの特別になってやるよ。お前だけを見て、お前を守って」

ニールは、ティエリアの唇に唇を重ねた。
「・・・・・・・・・僕の、特別?」
ベッドに押し倒した少女は、とても華奢だった。
ティエリアは、ニールに抱きついてくる。

これって犯罪だよなぁと、ニールは心中で苦笑した。

とても美しい少女。

「じゃあ、なって。僕の秘密を聞いた罰。僕の特別になって」
まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかった。
特別はアレルヤだけだ、そんな答えが返ってくると思っていたニール。
「本気か?俺は教師だぞ?」
「あなたが、そういったんじゃないか。背徳でもなんでもいいよ。僕の特別になって。アレルヤの「特別」であったあなたなら、僕と同じ境遇を過ごしたあなたになら・・・・・・約束、だよ」
ティエリアはとても綺麗な顔で微笑んだ。言っている内容は凄いけど。


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